小説 川崎サイト

 

高や町へ

 
 長くかかっていた仕事が一段落し、木村は一息も二息も、それ以上にゆったりとした呼吸ができる日々を過ごしていた。次の仕事はまだ先なので、しばしの休み。しかも結構長く休める。
 ここ最近の息詰まる忙しさからの解放。それはいいのだが、気が抜けたような息遣いになり、何もする気がしなくなった。忙しいときは、暇になればあれもしたいこれもしたいと、それを楽しみにしていたが、それらのメニューがいざできるようになってから急に色あせた。食べたくなくなった。そして今、何が食べたいのかとなると、これが思い付かない。何も食べたくないのだろう。
 それで何することなく過ごしていたのだが、次の仕事が迫ってくる。ぼやぼやしていると、また息が詰まるような日々になる。
 それで尻に火が付いたわけではないが、出掛けることにした。火が付くほど危険な状態になるわけではなく、自由な時間をエンジョイすればいいのだ。これは仕事中ずっと願っていたこと。今、果たさないといつ果たす。しかし、やる気がない。
 仕事もやる気がなかったが、尻に火なので、これは否応なくやっていた。しかし、遊びは強制されたものではない。好きなことをすればいいのだから。
 それで、余暇時間の過ごし方のメニューを繰ってみた。暇になったとき用のメモのようなもので、これを書くのが楽しみだった。
 その中の一つを無作為に選び、実行することにした。それは見知らぬ町をうろつくことだ。これはお金がかからない。
 見知らぬ町の候補も書かれており、暇になれば、あそこへ行こう、あの駅で降りてみよう、あのバスに乗り、妙な名のバス停があるので、そこで降りてみよう。また新しくできた超高層ビルの展望台に上がってみようとか、とんでもない値段のする湯豆腐を出す土産物屋レベルの食堂へ行ってだまされてみようとか、色々なことが書かれている。
 全て果たせることで、夢を書いたものではない。実現可能だ。
 無作為に選んだ見知らぬ町での彷徨を選んだのは、ただウロウロしているだけでもいいので、楽なためと、目的は現地で見付けることで、何をしに行くのかが一番曖昧なためだ。
 見知らぬ町の候補がいくつかメモられており、これもサイコロを転がすように、適当な数字を得て、メモの上から何番目かに当てはめる。大きな数字が出た場合は、また上から数え直せばいい。それで出たのが高の町。高の駅は高の町にあり、これはテレビをそれとなく見ているとき、出てきた町。名の通り高いところにある。周辺は平地だが、その高の町だけは丘の上にある。平野部に隆起したような地形だ。これが実は日本最大の古墳ではないかと妄想する。その証拠に山ほどには高くないが、ぽつりと島のように、その丘がある。しかし古墳としては大きすぎる。
 高の町はそのとっかかりにあるが、丘程度なので、普通の住宅地になっている。ただ山頂に当たるところには家がない。ここは森林公園になっている。
 テレビではその地形を紹介する番組ではなく、移動豆腐屋の話。昔の豆腐売りと同じだが、車で売りに来る。偶然その背景になっていたのが高の町。だから高の町の紹介ではなく、何処でもよかったのだろう。しかし、木村はその地形に注目した。その町名をメモしただけで、その後詳しく調べたわけではない。これは見知らぬ町探索用で、下調べして行くと、もう謎がないので楽しめない。現地でウロウロしながら発見する方がいい。
 これに決めたのだが、その日は腹具合が悪かったので、翌日にした。
 翌朝、腹具合は治っていたが、空具合が悪かった。しとしと降る冷たい晩秋の雨。これでは興ざめだろう。傘を差してまでウロウロしたくない。
 水を差された翌朝は晴れていた。しかし朝から友人からの電話。遠くへ引っ越し、滅多に会う機会がないため、帰省したときは必ず会っている。
 その翌日は曇っていた。これでは盛り上がらないので中止。
 その翌日は晴れていたが、高の町のことを忘れていた。
 二日後、思い出し、さあ行こうと思ったのだが、何か気が進まない。盛り上がらないのだ。
 そのうち次の仕事が始まったので、高の町はお蔵入りとなった。
 そして息が付けないほど忙しい日々の中、高の町のことが前面に出てきた。早くこれを終えて高の町へ行こうと。
 こうして行こうと思いながら行けないままのネタが数多くある。高の町もその一つになってしまいそうだ。
 
   了


 


2017年11月27日

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