小説 川崎サイト

 

長老会議

 
 その業界では新人よりも長老の数が多く、全体の八割を占めている。新人はまだ使い物にならないので、一割にも満たない人達が実務に当たっている。問題は長老達だ。
「最近何かしましたかな」
「いえ」
「そちらの作田さんは」
「私も、いえです」
「家にいるだけですかな」
「そうです。それであなたは」
「私も家です」
 長老達は実際には何もしていない。長老というより隠居だ。隠居でも仕事はする。しかし、楽隠居さん達のようで、名だけは長老として名を連ねている。名前だけなら名簿の紙代だけですむが、長老手当のようなものが付く。これは完全に引退し、この業界から去らない限り自動継続的に受け取れる。その額が巨額。
「自動更新を止めたいのですがね」
「長老手当のことですか」
「そうです。何もしていないのに、月々いただくのは」
「しかし、後進の指導などをされているでしょ」
「しておりません」
「ほう、おりませんか」
「相談に来る人もいません。だから何もしていないのと同じなのです」
「じゃ、引退しますか」
「いや、まだこの業界には残りたい。そうでないと肩書きが何もなくなりますし」
「手続きが必要ですよ」
「何の」
「だから、手当の中止を申請しないといけません」
「口だけじゃ駄目ですか。理事の武田君に言えば、それですむことじゃ」
「なかなか手続きが面倒というより、手当を断る人がいませんから、申請用紙がそもそもないのです」
「はあ」
「しかし、貢献もしていないのに」
「今まで貢献したので、受け取ってもいいのですよ」
「他には」
「それだけです」
「どなたか他にも同じことを思っておられる方はいませんか」
 長老会議に来ている長老達は全員首を振る。
「私だけですか」
「完全引退をなされれば、長老手当も出ません。功労金が出ますが、わずかなものです」
「はあ」
「それよりも、今、誰が仕事をしているのか、どなたかご存じですか」
「後藤君が仕切っていると聞きました」
「あの小僧か」
「はい、新人に毛の生えたようなレベルです」
「レベルが落ちたねえ」
「暇なので、もう誰がやっても同じなんですよ」
「そうだったか」
「それよりも雪見酒だがね」
「寒いので、行きたくないですよ」
「だから、いい温泉を見つけたんだよ」
「露天ですか」
「いや、ガラス張りだ」
「それ、沸かしているんでしょ」
「何処もそうですよ。もう枯れて、かなり深いところから汲み上げているんですよ」
「じゃ、慰安旅行は雪見酒ツアーでいいですね。もう決めますよ」
「あ、はい。私はどうせ行かないので、何処だってもいい」
「おや、それは寂しい」
「遠くへ行くだけの自信がねえ」
「じゃ、また体調が戻られたら、ご一緒しましょう」
「では、これでお開きにします」
「はい」
「次回は貸本主義についてのレクチャーをやります」
「佐山さん」
「何ですか」
「資本主義でしょ」
 
   了




2017年12月6日

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