小説 川崎サイト

 

幻の町の柿

 
「本日の調子はいかがですか」
「ああ、まずまずです」
「例の幻の町はまだ見えますか」
「見えるどころか、その町を歩いていますよ」
「昨日もですか」
「昨日は曇っていたので、出掛けていません。この晩秋、もう冬に入ってますが真っ赤な柿の実が青空によく映えるのです。だから曇っておればそうならない。柿色と青空。これは補色の関係で、より柿色が映え、しかも暖色系なので、飛び出してきます」
「幻の町にその柿の木があるのですね」
「あります。農家の庭ですがね」
「しかし、そこは幻の町でしょ」
「そうです。幻想の町、この世に存在しない町です」
「でも見ることも、そこを歩くこともできるわけですか」
「その気になれば柿の木から実をもぎ取ることもできますが、高いところにあるので、手が届きません。先ほど言い忘れたのですが」
「えっ、何を言い忘れたのですか」
「はい、晩秋の頃じゃ駄目なんです。まだ葉がある。その葉が全部落ちた頃でないと、その絵になりません」
「落葉が終わってからですね」
「そうです」
「その町、それは村ですか」
「そうです」
「どうして行かれるのですか」
「歩いてです」
「散歩中に見られるのですね」
「見ているだけじゃなく、そこを歩いています」
「最後に行かれたのいつですか」
「柿の木にまだ葉が残っている頃です。そろそろ実だけになる頃だと思い、昨日出掛けようとしたのですが、曇りじゃ映えない。だから中止しました」
「どの方向へ歩かれるのですか」
「西方です」
「楽土がありそうな方角ですねえ」
「晴れればまた行きます」
 数日後、その客がまた現れた。老人は客に柿の実を見せた。
 客はがぶりと柿の実をかじった。よく柿食う客になりたかったわけではない。
「これが幻の町の柿ですか。もぎ取ったのですか? 高いところにあるので取れないはずでしょ」
「いえ違います」
「どう違うのです」
「この柿はスーパーで買いました」
 この客はまた柿をかじったが、先ほどは気付かなかったが、じんわりと渋味が口の中に広がっていった。
 
   了



2017年12月7日

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