小説 川崎サイト

 

目目目目目玉

 
 下坂はパソコンを使って部屋の中でできる仕事を細々と続けている。効率を上げるためにはもっと速いマシーンやメモリを増やせばいいのだが、そんなゆとりはない。個人事業主なのでこれは備品。必要経費のようなもので、仕事のためのもの。しかし家電量販店の一番安いのを使っている。効率を上げても、それほど仕事があるわけでもなく、時間も十分あるので、問題はないのだろう。しかし将来が心配。いつ仕事がなくなるかと不安。そんな先のことより、今が貧しすぎる。これならバイトにでも出た方が良かったりするのだが、そんなとき、少しばかり小金が舞い込んだ。コガネムシが飛び込んできたわけではないが、余裕ができた。わずかな額なので、あっという間にそんな余裕など消え去るだろう。その月、大学新卒の初任給並みの臨時収入を得たのだ。これでしばらくは普通の一般の社会人並みレベルの生活ができると喜んだ。
 その大金を入れた封筒を内ポケットに入れ、戻るとき、ショッピングモールに寄った。ここには何でもある。欲しいものが溜まっているのだが、仕事で必要最小限のものは持っているので、そこに投資するのは勿体ない。それより、どうでもいいようなことで使おうと考えた。
 しかし、物欲から離れているため、欲しいと思うものが見つからない。パソコンを買い換えるのもいいが、安いものしか買えないので、今使っているものと似たようなもの。それで不便は感じていないので、中途半端なことになる。
 元々人が苦手で、社会が苦手なため、自室でできる仕事にしがみついているので、人と遊ぶようなこともない。そんな相手もいない。それで厄介な人付き合いもないので、不便はしないが、一人で賑やかな場所に出ても居心地が悪い。
 夕食前なので、今まで節約し、我慢してきたものを食べてみようと考える。一回だけの贅沢な外食。これなら被害は少ない。余った分は非常用に残しておけばいい。貯金そのものがないので、これを貯金と思えばいい。もう二度とこんな予想外な収入を得ることもないはずなので、貴重な現金だ。
 外食をすることはあるが牛丼屋へ行く程度。そこで牛丼の大盛りが食べられるのだが、牛丼は牛丼。たまに食べているので、大盛りというだけでは華やかさがない。それならすき焼きを食べる方がいい。すき焼きが食べられないので牛丼を食べていたのだが、その牛丼の並盛りも立派な外食。これも滅多にしていない。
 モール内のグルメ通りに出ると、夕食時か人も多く、立派な店が並んでいる。
 値段を見ると、結構する。けちくさいことを言わないハレの場なのだ。こういう店に毎日来ている人などいないはず。だから客もたまに贅沢をしに来る程度かもしれない。千円を超える値段を見ると、贅沢と感じるのは下坂の感覚に過ぎないが。
 もう中年を過ぎ、見た目以上に年寄りに見え、しかも安そうなものを着ており、さらに誰とも接することなくできる仕事なので、髪はぼさぼさで無精髭が顔を覆っている。人相も悪い。
 一人で来ている人は少なく、誰かと連れ立っている。団体さんもいる。まるで花見に一人で来たようなものだ。
 和食の店があったので、メニュー品を覗くと、殿様が食べるようなお膳に、皿がいくつも乗り、丼物にそばが付き、さらに小皿の向こうに湯豆腐まである。これはコンロ付きだ。こういう派手な御膳ものをこの風体では注文できないので、無視し、カツ丼でもいいとは思うものの、中を覗くと黒塗りの四人がけテーブルしかない。これだけ大きなお膳で出るのだから、テーブルも広い。そこを一人で占有できないだろう。これは気が引けるので、無視する。
 洋食ではハンバーグぐらいしか馴染みがない。当然そういう定食は必ずある。ステーキもあったが、最近歯が痛いので、肉をかみ切れないだろう。良い肉ならいいが、ステーキ専門店でもない限り、軟らかい肉は期待できない。しかしそういう肉は目の玉が飛び出るほどの値段だろう。
 夕食時だが、昼が遅かった下坂は、盛りの多いものを食べる腹具合にはなっていない。いつももっと遅い。だから腹はそれほど空いていない。
 下坂はあるだけの店先を全て覗くが、いいものを食べたいが、入れそうな店がない。そして突き当たりまで来たとき、エスカレーターがある。ここは一階で、二階はあるが、地下はないはず。それができたのかと思い、下りのエスカレーターに乗る。その階には自販機が並び、ガラスドアが二つ左右にある。駐車場だとすぐに分かったので、降りた瞬間、上がりのエスカレーターにさっと乗り移った。
 結局何も食べられなかったと思いながら、飲食街に戻り、その突き当たりのドアから外に出た。モールの反対側に出たはずだ。
 レンガのビルがガス灯風街灯に照らされて綺麗だ。一寸したイベント広場になっているらしいが、誰もいない。その先を見ると、自転車が多く止まっている。モールの出入り口がそこにあるのだろう。こちらは裏側なので地味。
 賑やかな場所が似合わない下坂は、外に出てほっとする。そして裏口を抜けるとモールの外の市街地に出る。
 結局いつもの牛丼屋で、普段は注文しないというより、牛丼しか食べないのだが、その夜は目玉焼き付きハンバーグを注文した。牛丼屋にもそのメニューがあることを知っていたのだ。
 ただ、店員が注文を聞きに来たとき、声がうわずって、「目目目目目玉焼きとなってしまった。
 ハンバーグに目玉焼きが付く、下坂はこれで十分満足を得た。
 
   了


2017年12月14日

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