小説 川崎サイト

 

泥棒横町

 
 田村屋に押し入った盗賊はさっと立ち去った。押し入り強盗で、戸板を蹴り倒し、押し入った。当然その物音を近所の人が聞いている。ただ、下手に関わりたくないので、通報もしていない。
 翌朝、近所の人が様子を見に行く。当然番所などから人が来て、調べているはずだが、その様子はない。
 店は平常通り開いており、茶碗や皿などがいつものように店の前に並んでいる。
 盗賊団など来なかったかのように。
 実はこの盗賊団、間違っていたようだ。入る店を。しかし、違う店を襲ったのではない。めぼしい店としてマークしており、計画通り襲ったのだ。倉が多くあり、新たにまた倉が建ちかけているのを見て、これはいけると踏んだ。
 では何を間違ったのか。店の中に入ったときは気付かなかったが、寝泊まりしている店の者を見たとき、これはいけないと踏み、さっと立ち去った。
 盗賊の首領は知っている顔を見た。それが何がいけないのか。
 答えは簡単で、この田村屋そのものが盗賊団の巣窟だった。安物の茶碗や皿が売れてもたかがしれている。
 当然店の者は盗賊達なので、手強い。店で寝泊まりしているのは多くて二人程度と踏んでいたのだが、ものすごい数がいた。ここは大規模な盗賊団の根城でもあるので、駐屯していた。まず数で負ける。それに同業者を襲うのは御法度。これは仁義にかけるし、同業は争わないことを、この界隈では慣わしとしていた。
 押し入った首領は、店の一人の顔を見たとき、何処の盗賊団かが分かった。規模が大きい。あとで面倒を起こしたくないので、雨戸を壊した弁償に小判一枚落として引き上げた。
 当然田村屋は届けていない。押し入り強盗などなかったことにした。当然だろう。
 しかし、近所の人は納得できない。それに音がしたとき、通りを見ると何人もの黒装束がいた。どう見ても盗人の集団だ。
 そのことを番所に言ったのだが、取り合ってくれない。もし襲われたのなら、田村屋から言ってくるはずと。
 だが、田村屋の前で米屋をやっている老婆は、田村屋が怪しいことを知っていた。その婆さんが気付いていることも田村屋も知っていたので、脅すのではなく、懐柔していた。婆さんは怪しい店だという程度で盗賊団の住処だとは気付いていない。
 盗賊から物を盗むというのは素人が多い。婆さんの孫は遊び人で、田村家が何か隠し事があるはずだと婆さんから聞いて、それとなく探りを入れたことがある。
 そういうのには盗賊は敏感で、逆にその孫も手下にしてしまった。今は婆さんの主人も手下になっている。田村屋の前の米屋そのものを仲間に入れたようなもの。これで前の米屋からの視線を気にすることがなくなったが、米屋の両隣が今度は怪しみだした。斜めからでも田村屋がよく見えるためだ。
 これも米屋の孫と同じように、探りを入れに来たのだが、これも取り込み、米屋の左右も、これで押さえた。
 さらにその隣の隣とまた隣を押さえ、さらに通り全てを押さえてしまった。
 商家もあるが、普通の家もある。これが田村団と呼ばれた大きな盗賊集団の全盛期。
 その後、田村団も田村屋も解散したのだが、その頃には別の通りや別の筋、つまり町の一部を占めるほどに拡大していたため、もう田村屋はないのだが、この一帯を泥棒横町と呼ぶようになった。
 これだけ大規模な盗賊集団なのだが、実際には空き巣、こそ泥程度の小さな仕事しかやっていない。千両箱を盗むようなことも、押し入ってまでは盗まない。地味だから長く続いたのだろう。
 泥棒横町には田村屋の手下となった家が残っており、また他所からここに住み着く流れ者もおり、怪しい場所として続いた。
 今は公団住宅が建ち、泥棒横町の面影など微塵もない。
 
   了


2017年12月16日

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