小説 川崎サイト

 

年の瀬の夢

 
 押し迫ってきた年末。上田はやっと用事を終え、今年やるようなことはもう終えた。それで自分だけの世界に年末をゆるりと過ごそうとしていた。二三日、それでワープしたかのように、別世界で遊んでいた。有意なことはもう何もする必要がないので、無為なことでひとときもふたときもみときも過ごしていたのだが、電話一本で夢が破られた。悪い話ではない。仕事だ。
 しかしもう仕事モードから離れてしまったので、戻るのが大変。しかも急ぎの仕事で、数日かかる。下手をすると年を越えてしまう。しかし今年中の仕事。それは十二月三十一日の十二時前までではなく、二十九日の午前中までとのこと。日数を数えると、三倍速でやってもぎりぎりだろう。
 しかし、終われば現金払いで、その場でもらえるらしい。これで正月の餅が買えるのだが、餅だけでは駄目だろう。
 仕事なので悪い話ではないが、だらだらしながら年を越したかった。断ることもできたが、それでは次の仕事が来なくなるし、義理を欠く。それほど強い立場ではないし、色々と世話になっているので、これは引き受ける以外の選択肢はない。体調を崩し。寝込んでいればいいのだが、元気そのもの。
 特にやらなければいけないことが何もない、という状態はたまにある。好きなことをしていてもよし、何もしなくてもよしで、その日、そのとき、思い付きで何かをやっていた。全て現実とはあまり関わらない事柄で、趣味や道楽のようなもの。
 また、何もしないで、ボケーッとときを過ごすのもよい。ただ、その期間が長すぎると、だれてくる。そして飽きた頃、有意なことを始めればいいのだが、今回はまだ飽きていない。だから目覚めが悪い。
 外食を済ませ、あとは部屋で寝るまでごろっとしているような状態が、数日続いていたのだ。夕食後だけではなく、起きたときから。
 どちらにしても眠りに入った機械をまた起こさないといけない。仕事の機械ではない。気持ちの再起動だ。この起動時間だけで一日かかるだろう。それほど深い眠りに入っていたのだ。
 それで翌日は休むことにした。時間がないのに休む。これは再起動のためには必要なため。直ぐに始めたのでは気が乗らず、失敗し、やり直すと二重手間になる。それよりも、一日休む方がいいのだ。今からやるのでもなく、明日からやるのではなく、あさってからやる。これなら心の準備ができる。
 有意なことはプレッシャーがかかる。現実に影響する。自分の中だけで完結しないので、気を遣う。それに失敗すれば現実が変わる。成功しても変わる。だから現実を弄ることになる。部屋の中で適当なことをしながらくつろいでいるのとはわけが違う。そのくつろぎがしばらく続くはずだった。
 入ってきた仕事は難しいものではなく、さしてプレッシャーは感じない。問題は期日だ。迫りすぎている。それなのに一日休む。
 そして、翌日。休みとして割いた一日が始まった。貴重な一日だ。この日、休まなければ、あとが楽なこと分かっている。しかし、直ぐにやる覚悟が付かない。つまり、仕事モードに入るには覚悟がいる。
 貴重な一日なので、昼前まで寝て、そのあと出掛けるのも面倒なので、部屋の中でごろごろしていた。無為に過ごしていたのだ。
 すると、電話がかかってきた。今度はセールス電話だったので、安心した。
 昼からは録画していた連続ドラマなどを見ていた。こういうのを見ながらお菓子でも食べているのが一番いい。
 部屋でゴロッとばかりでは飽きてきたので、外に出ることにした。これは適当に散歩でもすればいい。ごろごろするにしても、たまに運動をした方が、戻ってからごろごろしやすい。ごろごろだけでは煮詰まってしまう。
 そして貴重な一日が終わり、翌日になる。今日から頭を切り換えて仕事をする日。体勢はできた。あとはやるだけ。
 そして期日までにきっちりと上げ、遅れることなく、催促の電話のときも、堂々と「できております」と言えた。
 その受け渡しで、先方がやってきた。そして現金の報酬も。
 封筒がやけに分厚い。書類でも一緒に入っているのかと思い、少し開けてみた。
 札の角だけが見えた。断面が見えるほどの札束なのだ。こんなにもらえるはずがない。
 さて、夢はここで覚めたのだが、何処から夢に入ったのだろうか。
 その年も終わりの大晦日。上田は長い間ごろごろとしたまま。無為の日々をこの年末、果たせたのだが、その間、別世界にワープしていたようだ。
 
   了


2017年12月21日

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