小説 川崎サイト

 

町の灯

 
 村田はむくっと起き出した。地下深くに封印されていたモンスターが千年の眠りから覚めたように。
 寒い季節。外は厳寒。室内も寒いが布団の中は暖かかったようだ。熟睡していた。ものすごく長く寝ていたように思ったが、大したことはない。眠る前の記憶が走り、昼寝だったことが分かる。そのため、何時間も寝入ってはいない。
 しかし、ものすごく深いところから帰還したような気になる。眠っている間、何が起こったのかは分からない。夢さえ見ていない。だから、寒いので、よく寝ていただけのことだ。
 起きると暗い。夕方も過ぎ、もう夜。昼寝にしては長いのだが、昼をかなりすぎてから寝たので、時間的には大したことはない。
 昼寝後行く散歩も、暗いと大層になる。それに寒い。またこれは是が非でもしないといけないものではなく、ただの気晴らし。寒くて暗くなってからでは気晴らしにはならない。
 しかし、日課になっているためか、外に出る準備を始めた。外套とマフラーとニット帽をいつの間にか身につけてしまっている。そして靴紐を締め、ドアを開け、外に出た。
 時間がずれただけなので、問題は何もない。昨日も戻るとき、暗くなっていたのだから、似たようなもの。
 外に出て、いつもの散歩コースへ向かうが、気乗りがしない。足はそちらへ向かっているのだが、頭が付いてこない。この時間から行くには遠いため、もっと短いコースに変えるべきだろう。それでストップがかかり、引き返して反対側へ向かう。その先に神社があり、そこを一回りする程度なら、時間的にもわずか。戻ってから仕事があるので、短いコースの方が都合がいい。多少遅れてもいいのだが、時間がずれ込むのを嫌った。
 神社のある方角は農家などがまだ残っている古い一角。店屋もなく、行く用事もないが、たまに散歩で、入り込むがことがある。
 いつもの散歩は歩くだけではなく、夕食前なので、適当なもを買ったり、外食したりが加わる。散歩と言ってもそれなりに用があるのだ。
 日が暮れたから歩いている人がいる。寒いのにご苦労なことだ。健康とか運動とかリハビリの人だろう。
 しかし、遠くからだとゾンビ歩きに見え、まるでモンスター。そう思って追い越すとき、横顔を覗くのだが、モンスターであるわけがない。そんなものがウロウロしておれば、物騒だろう。
 その人を追い越すと、夜目にも神社の茂みが見えてくる。寂しい場所だが最近の住宅地は明るい。
 今、歩いている小道は参道とまではいかなくても、村道らしく、グニャグニャと曲がりながらも神社へと続いている。結構神社へのアクセスがいい。村道などは神社を中心に八方に伸びているのだろうか。
 大きな村でもないので、神社も小さいが、囲んでいる樹木が広く見せている。
 村田が予定しているコースは神社を右から左へ回り込み、別の村道を通って、戻ってくるというもの。これは三十分少しのコースで、時間的には短い。それに寒いので三十分が限界だろう。
 そして鳥居まで来た。そこから石畳が社殿まで伸びている。暗いが水銀灯があり、鳥居前の小道にも明かりがある。
 お参りする気はないので、鳥居を通り過ぎ、左へ左へと回り込む。そのままだと神社に戻ってしまうので、適当なところで、神社の結界から離れる。
 小道が多いので、どの道を通っても似たようなもので、ここでは決まった道筋はない。
 適当な小道の一つに入ったとき、急に先ほどの昼寝のことを思い出した。忘れていたのだが、夢を見ていたのだ。見ていなかったと思っていたのだが、見ていたようだ。それを急に思い出した。
 怖い何者かに追いかけられて、逃げている夢だった。その何者かは人かどうかは分からない。見ていないのだ。振り返っても姿はなかった。もう迫って来なかったのかもしれないが、最後まで姿は見えなかった。それだけの夢で、場所は分からない。真っ暗だった。
 さて、その小道を歩いていると、前方に暖かそうな明かり。何だろうと思いながら近付くと、祠。地蔵でも祭っているのだろう。灯明だ。暗くなったのでローソクをつけたのではなく、お参りに来た人が灯したのかもしれない。
 小道は複雑に曲がり、方角が分かりにくくなるが、狭い一角なので、直ぐに抜けるだろう。農家は田畑で囲まれていたのだが、今はその田畑に家が建っているので、新興住宅に囲まれている感じになる。村田もそこに住んでいる。だから直ぐ近所まで帰っているのだ。
 ところが見えるはずの明かりが見えない。
 後ろを振り向くと、祠のローソクだけがぽつりとあるだけ。前方も、横も暗い。
 省エネで節電しているわけではない。外灯はついているはずだ。
 もう一度灯明を見ると、風が強くなったのか、ゆらゆら揺れ、スーと消えた。
「来る」
 村田はあの夢を思い出した。ここにいると危ない。
 村田はかけだしたが、前方は真っ暗。昼のときの夢と同じではないか。
 ああ、これはまだ起きていないなと、思い、走るのをやめた。
 しばらくすると、停電が復旧したのか。ぱちりぱちりと外灯や街灯が灯り、家の窓明かりがぱっぱっと点いた。
 
   了



2017年12月22日

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