小説 川崎サイト

 

本領発揮

 
 本領発揮とか真骨頂とかは最初から直ぐに出るものではない。この状態というのは状況が揃わないと出ない。
 本領というのは字からすると、自分の領地。自分の縄張り、馴染んだ世界、元々の世界と解釈すれば、なかなかそういう状態にはならないもの。それなりに負荷がかかり、条件が違ってくる。当然本人のコンディションや、心理も作用する。本来の自分の実力で戦えば満点なのだが、そうはいかない。本領を発揮する前にやられてしまうか、または実力を出せないように、相手も考えているだろう。
「今回も本領を発揮できず。また私らしい真骨頂も見せられませんでした」
「あ、そう」
「本当の力で勝負したかったのです」
「それはやめた方がいい」
「どうしてですか、力を出し切れないで終わるのはいやです」
「いや、君の場合、本領を発揮しても大したことはありません」
「そうなんですか」
「これはねえ、ものすごく力のある実力者が言うことなのです」
「でも最善を尽くしたいと思います」
「では君の本領とは何かね。真骨頂とは何かね」
「さあ」
「そうでしょ。ないのですよ。言うほどのものが」
「ああ」
「並外れた、抜きんでた、特出した、そういったものが見当たりません」
「じゃ、元々持っている私の力は弱いということですか」
「そうです」
「創意工夫は常々心がけ、コンディションもいい状態で臨んでいるのですがねえ」
「そうですねえ。残念ですねえ」
「何とかなりませんか」
「そうですねえ」
「考えてください、コーチでしょ」
「なくはない」
「ありますか。それ下さい」
「やけくそになりなさい」
「焼け糞」
「君が思っている自分の本領というのは間違っている可能性があります」
「じゃ、私の本領はどんな感じだと思われますか」
「だからそれが分からない。君にも分からないと思う」
「はい」
「だから投げやりになりなさい。やけくそになりなさい」
「そんなこと、したことありません」
「君の真摯さは分かりますが、違っていたりしますよ」
「では、やけくそとは?」
「開き直りなさい。もう細かいことは考えないで、小細工しないで、自分をコントロールしないで」
「それでいいのですか」
「とっさに何かやるはずです。おそらくそれが本領かと」
「やってみます」
 しかし、結果はさんざんだった。これがこの人の本領で真骨頂だろう。
 しかし、何かを得たようで、何かを見いだした。開き直ってやっているとき、そのヒントを得た。
 本領とは最初から備わっていないのかもしれない。
 
   了




2017年12月28日

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