小説 川崎サイト

 

ヒキガエルの大将

 
「退却じゃ」
「まだ何もしていませんが」
「これは負ける予感がする」
「いやいや、それではここまで進軍した意味が」
「分かっておる。しかし勝たねば意味はなかろう。無駄に怪我人を生むだけ」
「それはありがたいのですが、それでは使命が」
「では進撃した振りをしよう」
「はい、その方がまだ見栄えがあります。何もしないで、敵の姿も見ないで引き返すよりは」
「そうじゃな」
 槍部隊が所謂槍衾を張りながら押し出していった。騎馬は使わない。
 敵は気付いたのか、出てきた。先陣は騎馬。これが一気に駆けてきた。
「怯えるな! 騎馬では槍を越えられぬ。横の隙間をもっと詰めろ」
 これは敵の脅しで、流石に馬では突っ込めない。後方から投石隊が飛び出してきて、石を投げ、その後ろから弓隊が迫ってきた」
 投石で槍衾が揺らいだ。そこに弓。
「だから、引くのじゃ。引けーい! 引けーい!」
「出ましたねえ」
 この大将がヒキガエルと呼ばれている由縁。「かかれー」というかけ声は勇ましいが、「引けー」の大将は悪い名を残すのだが、配下はその声をいつも待っていた。
 弓が届かない距離まで引くと、もう部隊は崩れ始めている。そこを騎馬が突撃してきた。
 既にヒキガエルの大将は馬で逃げていた。それを追うように全軍全速で後退。このときの早さはすさまじい。
 しかし騎馬は直ぐに追い付くが、人数が少ない。逃げながら馬を槍で囲み、弓で射る。
 退却したとはいえ、騎馬を止めただけ。しかし槍や弓隊が追撃してくる。
「散れい、散れい。固まるな」ヒキガエルの大将が叫ぶ。本隊が何処にあるのか分からないように散らすのだ。当然馬印とかは倒している。
 敵は勇敢だが、相手が悪い。逃げ専門のヒキガエルの大将率いる部隊のため、逃げることに関しては超一流。
 追撃してきた敵軍も、深追いしすぎたのに気付いたときは、引きの大将の友軍が、敵の左翼を突いた。左翼が出過ぎたのだ。
 戦いに勝利したが、一番の手柄は左翼を突いた部隊で、ヒキガエルの大将は引いてしまったので、褒美はなし。
 しかし、でっぷりと太った総大将の殿様は、決してヒキガエルの大将を褒めないが処分もしない。
 このトノサマガエルとヒキガエルのコンビは結構続いた。
 
   了

 


2018年1月1日

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