小説 川崎サイト

 

仕事場風景

 
 岸和田は自宅でもできる仕事をしている。そのため通勤時間はない。あるにはあるが寝間から机までの距離。しかし布団の中でもできるので、この場合はゼロ。だが、これではメリハリがないので、朝食後、一度外に出る。散歩の趣味はないので、一番近くにある喫茶店へ通っている。コーヒー代を交通費だと思えばいい。また朝ご飯を作るのが面倒なときはモーニングセットを頼めばいい。最近はそちらの方が多くなった。トーストと卵だけだがモーニングサービスなので、値段はコーヒー代に含まれる。だからこれは食べないと損。最初の頃はコーヒーだけだったが、いつの間にかここで朝食を取るようになる。
 そしてしばらく今日の予定とか、段取りなどを考える。新聞や雑誌が置いてあるので、それも読む。
 そして自宅へ戻るのだが、これが出勤に近い。喫茶店から家まで少し歩かないといけない。これが通勤路になる。だから逆転した。喫茶店がまるで自宅で、本当の自宅が会社のように。
 この切り替えは上手くいき、蒲団から出ていきなり仕事を始めることを思えば、いい感じだ。
 ところが仕事が減り、一時はなくなったことがある。そのときも、その喫茶店へ行くのだが、予定や段取りを組む必要はなく、朝食を食べ、コーヒーを飲むだけになっていた。
 そして自宅に戻ってもやることがないため、適当に過ごしていた。休憩しているのと変わらない。そのうち、ゲームを始めたり、テレビを見たり、本を読み出した。
 そういう日が長く続き、もうこの仕事は無理かと思ったとき、少ないながらもまた仕事が入ってきた。しかし、そのときのテーブル周りは、もう仕事をやるような雰囲気ではなくなっている。これは仕事仕様に片付け直せばいいのだが、パソコンはゲーム機になっており、ここで仕事をする気にはなれない。そんなものしなくてもいいのだが、そういう雰囲気に部屋がなっていた。ここでは頭が働かないと。また仕事をするのがもう嫌になっていたこともあり、片手間でやることにした。
 しかし、ゲームや動画などを見ていると、なかなか仕事に頭が切り替わらない。
 そこで岸和田は朝に行く意味のなくなった喫茶店で仕事をすることにした。本来は自宅で仕事をするため、休憩の場だったのに、そこに仕事を持ち込んだ。
 これで逆転した。喫茶店が仕事場になり、自宅は普通の自宅になった。自宅では仕事は一切しなくなる。
 しかし、考えてみると、こちらの方がノーマルなのだ。毎朝喫茶店へ通うのだが、それは仕事場へ行くようなもの。そして戻ってきたときは、自宅が休憩所になる。普通だ。喫茶店はそれほど粘れないので、何軒か回るようになる。喫茶店から喫茶店へと渡り歩くのではなく、一度自宅に戻って昼ご飯を食べたり、夕食を食べたりとかもする。だから日に何度も出勤をしていることになる。
 自宅で仕事をしていたころはだらだらとやっていたのだが、喫茶店を仕事場にすると集中できるのか、短時間だが効率がよかった。
 喫茶店はオフィスではない。しかし、人がいる。一人で部屋で仕事をしているより、こちらの方が社会に出ているような気になる。
 こういうノマド風な人がその喫茶店にもいる。岸和田のノートパソコンは十インチだが、そのノマドは十三インチ。これは負けていると思い、十四インチを買った。流石に十五インチは重くて持つのが大変。
 その後、そのノマドは七インチのタブレットを持ってくるようになった。仕事をしている人ではなかったのだろう。
 
   了


2018年1月10日

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