小説 川崎サイト

 

始める前のプレッシャー

 
「ほんの軽く、スーと始めた方がよろしいですよ」
「肩の力を抜いて、と言う意味ですか」
「まあ重大なことや、それを始めると色々とややこしいことが起こったり、いつもとは違う状態になるやもしれませんがな」
「当然です」
「だからスタートが切りにくい。始めにくいのでしょ」
「いずれやります。近いうちに。まだその決心が固まっていないだけで」
「いや、そんなものかなり前から固まっていたんじゃないのですか。心配なのはその影響でしょ」
「まあ、そうですが」
「ですから、茶碗と箸でご飯を食べるようにやればいいのです。何か考えながら箸を持ちますか。茶碗を持ちますか」
「条件にもよります」
「ご飯を食べるときにそんな条件が必要ですか。すんなりと食べられるでしょ」
「あまりお腹がすいていないときは、箸も茶碗も重いです。おかずももっとあっさりとした酢の物があればいいのにと思ったりします。また茶碗の中のご飯。これ、食べきれるかどうかが心配で。いつもの量なので、これでは多いかとも。よく残すことがあるのです。そのとき、汚いですが釜に戻します。醤油なんか付いていると汚いですよ。これは避けたいので、食べきれないと思ったとき、残りはお茶をかけてお茶漬けにします。これは意外といけます。それなら最初からお茶漬けでよかったんじゃないかと思うのですが、胃によくありません。お茶漬けだとご飯をあまり噛まないですからね。しかし歯が痛くて噛みづらいときはお茶漬けに限ります」
「余計なこと、言ってません?」
「言ってませんが」
「そうですか」
「だから、条件によって、すっとできない場合もあるのです」
「でも結局は食べるわけでしょ」
「はい」
「ですから、毎日ご飯を食べているような気持ちで始めなさい」
「おかずが」
「え」
「おかずが気になります。ご飯はすんなりと食べられますが、おかずによってテンションが変わります。まあ、食べないとお腹がすくので、食べますがね。決して米だけを食べているわけじゃありません。それにご飯だけじゃ味気なくて食べられないでしょ。一寸味のあるものを添えないと。お茶漬けでも結構水臭い。湯漬けというのになると、もうだめです。やはり塩分です。辛いとか酸っぱいとかがないと。それと甘いものはご飯に合いません。おはぎ、ぼた餅ですね。あれはご飯として、僕は認めていません。赤飯は認めますがね」
「君は何を言ってるのかね」
「ご飯についてです」
「そうではなく、物事はさっと、軽く、すんなりと、何も考えないで、やり始めた方が好ましいと言っているのです」
「そうですねえ」
「理解できましたか」
「そんなこと、最初から分かっていますよ。それができないから問題なのです」
「だから、何も考えないで動き出すことです。深く考えないで、深刻にならないで、ご飯を食べたり、顔を洗ったりするように」
「最近寒いので、顔を洗うとき、ドキッとします」
「驚くようなことではないでしょ」
「急激に冷たいものを顔に浴びるわけですよ。これはやはり身構えないと」
「顔を洗うのに、何を身構える必要があるのです」
「急激な体温の変化で卒倒したり、それと、顔に吹き出物か、何かできていましたね。ゴシゴシ擦って洗えないときがあるんです。それを忘れて、擦ってしまい、痛い思いをしたことがあります」
「うーむ」
「また、顔を洗っているとき、目に水が入るでしょ。それで目を開けられないので、タオルで拭くとき、目を閉じたまま。このとき、目は開けていた方が良いのです。立ちくらみしそうなりました」
「顔を拭くだけで立ちくらみですか」
「目を閉じた状態でタオルを手探りで掴み、そのあと、顔を拭くのですが、かなり頭を動かしているんでしょうねえ。目を開けている状態なら無事ですが、閉じていると平衡感覚が分からないのか、ふらっとして」
「もういいです」
「とりあえず、軽くスーと、平常心のまま、ご飯を食べるようにスタートさせますから、ご心配なく」
「うむ」
 
   了


2018年1月26日

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