小説 川崎サイト

 

夢は老いない


「寒いですなあ」
「こんな日は気も滅入ります」
「寒いですからねえ」
「そうです。全ては寒さのなせる技」
「技ですか」
「その技で決められました」
「寒さに負けたのですな」
「一本も二本も取られましたよ」
「若い頃はどうでした」
「何ともありませんでしたね。暑くても寒くても。これは野心があったからでしょう。目的がね」
「ほう」
「目的というよりイメージですなあ。これをすればああなるこうなると、先々のため」
「その先々に、今おられるわけでしょ」
「そうです」
「若い頃、考えておられた先々が今なのですが、果たせましたか」
「何となく」
「じゃ、結構なことで」
「まあ、かなり妥協し、満足な結果にはなりませんでしたが、何とか目的らしいものだけは果たし終えましたよ」
「それは良かったじゃないですか」
「あまり良くはありませんなあ。若い頃に夢見ていたことが、これなのかと思うと、別に果たせなくてもよかったのではないかと」
「分かります。若い頃の情熱。あれは何処へ去って行ったのでしょうなあ」
「あなたにもありましたか」
「ありましたなあ。今も残っているかもしれませんが、まあ、身体が動きませんよ。それを果たしても、大したことはないと分かるようになってからは、そこそこにしています」
「若い頃の夢は何だったのですか」
「忘れました」
「そんなはずはないでしょ」
「言うと恥ずかしいようなことばかり、それにいろいろありすぎました。夢がどんどん変わっていきましたねえ」
「はあ」
「だから具体的な夢ではなく、何かをしたかったのでしょうなあ」
「今の夢は?」
「小さな夢ですが、それなりにありますが、力むほどのものではありません」
「夢見ることがなくなったと」
「具体的には分かりませんがね、そこはかとなく沸き上がる夢はありますよ。本当はそんな具体的なことじゃなく、感情でしょうなあ」
「感情」
「印象のようなもの」
「イメージ的な」
「具体性はありませんがね」
「じゃ、夢は見ていないのに、見ていると」
「ほう、それは複雑だ」
「つまり、若い頃の夢なんて、何でも良かったのでしょ」
「それはあります。それしかないと思い、やっていましたが、途中で、これじゃないと気付いたりしましたね。うまくいかないときはね」
「夢って何でしょう」
「漠然としたものでしょう」
「漠然」
「何かがイメージ化されたものでしょ」
「それは難解だ」
「若い頃に見た夢は老いませんが、私が老いました」
「それでついて行けなくなったのですね。そういえば私もそうですが」
「夢を持つということは妄想を抱くことです」
「はあ」
「この妄想のエネルギーは強い。リアルなものよりもね。だから夢を持っている人は強いのです。寒さにも負けず、暑さにも負けない」
「私らは負け続けていますなあ」
「身体に合った妄想に変わったからでしょ」
「若い頃の情熱を今も持っているというのはどうですか」
「お好きなようにです」
「それだけですか」
「しかし、そんなことを言っている人も口だけでね。本当はもうその炎も弱まっているはずですよ」
「それは寂しい」
「だから若い頃の情熱を持ち続けたいのでしょう」
「夢はあっても身体が動かない。気も動かない」
「それで当然です」
「はい」
「しかし最近思うのですがね」
「何でしょう」
「最近、夢の中にいるような気がします」
「え」
「夢かうつつか分からないような状態に」
「薬、飲んでません?」
「飲んでません」
「じゃ、涅槃が近いのでしょ」
 
   了




2018年2月8日

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