小説 川崎サイト

 

コンサル事務所


 事務所で仮眠していた吉村はきっかけもなく目が覚めた。誰にも起こされることなく自然な目覚めだが、事務所には誰もいない。元々一人だ。
 寝起きは悪くない。すっきりしたが、それで仕事に戻り、冴えた頭で取り組めるのだが、仕事が、ない。
 しかし、これが吉村の日常になっており、最初からそうだ。そんなことではやっていけないのだが、実は仕事などしなくても食べていける。
 それならしなくてもいいのだが、吉村は遊ぶのが下手で、しかも浪費家ではない。一番好きなのは仕事。だからその好きなことをやっているのだが、仕事がない。好きなこととというのは仕事として成立しないようだ。
 そういうときはネット上から適当なものを見つけ出し、勉強している。過去の色々な出来事や、当然今起こっていることなどが分かる。しかし、その閲覧の仕方はランダムで、気が向いたとき、気が向いたものを適当に選び出して見たり読んだり、覗いたりしているだけ。世間がそれで見えるわけではないが、退屈しのぎにはちょうどいい。たまにものすごく長い海外ドラマを見てしまうことがあり、続きを見たくて見続け、目が充血したことがある。別にしなくてもいいことだ。
 そんなとき、ノック音。この事務所を訪ねて来るような知り合いはいない。ほとんど人が入って来ない事務所。しかし簡単ながらテーブルと椅子があり、仕切りもある。
 まさかと思いながら、ドアを開けると、しょぼくれた中年男。スーツ姿で高そうな革の鞄を下げている。
 たまに人が来ることがある。見知った人は来ないが、見知らぬ人が来る。客だ。しかも電話もなく、いきなり来る人は珍しい。これで、この人は駄目だとすぐに分かる。
「経営についてなのですが」
 簡単な挨拶のあと、中年男がいきなり本題に入ってきた。ここはコンサルの事務所なのだ。
 吉村はこの世の中で一番焦臭いと思っている仕事がある。それがコンサル。それに吉村はまだ若く、経験が浅いというより、実績はわずかしかない。これは吉村の助言ではなく、偶然良くなったのだろう。お礼を言われたが、心当たりは何もなかった。
 つまり、できるだけ仕事にならないようにインチキ臭いコンサル業を選んだ。それなのに客が来た。イエローページに吉村の事務所が出ている程度。
「色々な会社に相談したのですが、高いだけで、成果が上がりませんでした。それで個人でやっている方なら親身になって、助けていただけるのではないかと」
 吉村は一応資料に目を通すが、その業界の仕事内容など知るわけがない。だからさっと目を通しただけ。読んでも分からない。
「いかがですか」
「要するに客が増えればいいのでしょ」
「そそそそうなんです。そのための知恵を」
 ここで、話してしまうと、引っ張って引っ張ってコンサル料を取るタイミングがない。まずは資料を預かり、検討しないといけない。その前に契約だろう。
 しかし、面倒なので、即答した。
「えっ、商売替えですか」
「いくつかコンサルに相談したのでしょ」
「はい、四カ所も」
「全部駄目だったのでしょ」
「はい」
「その職種でやっても駄目ってことでしょ」
「はい」
「だから、違う業種に変えなさい」
「はあ」
「はい、終わりました」
 吉村は先に腰を上げ、さっとドアへ客を導いた。
 それから数ヶ月経過した。
 あの中年男がやってきたが、顔色がいいし、スーツも明るい目。野暮ったい革の鞄も手にしていない。一斤の食パンのようなポーチを手首に引っかけている程度。
 中年男は入ってくるなり、深々と礼をした。
 
   了





2018年2月26日

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