小説 川崎サイト

 

突然の闇


 日は既に暮れている。夜道を金田は自転車で走っていた。仕事が遅くなった。まだ明るいうちに帰るのが日課になっていたので、この暗さに慣れない。同じ道なのだが、暗いと様子が違う。
 急に真っ黒になったので、金田は慌ててブレーキを引いた。前が見えないほど暗い。自転車のランプは自動なので、点いていたはず、故障かもしれない。しかし、道が見えないほど暗い。住宅地の道なので、外灯は灯っているはず。
 ガシャンと音が遠くでする。車が衝突したのだろう。
 暗闇はやがて消えていき、普通の夜の町に戻った。停電ではない。それなら車の灯りは見えるはず。全ての光が消えたのだ。
 晴れた夜空、もし星や月が出ていたとすれば、それらも見えなかったかもしれない。
「それは夢ですか」
「はい」
「闇が一瞬覆ったということですね」
「明かりという明かりが全て消えました」
「でもすぐに戻ったのでしょ」
「はい」
「立ちくらみで目の前が真っ暗になることがありますねえ。あれなら全て真っ黒。それに近いですねえ」
「しかし、車が衝突していました。信号が消えた程度じゃありません。前が見えないのですから」
「そうですねえ」
「僕は思わず止まりましたが、車だと流れがあるので、急に止められないでしょ」
「でも、あり得ない話なので、深く考えることはないですよ」
「光が全てなくなる。世の中から」
「じゃ、燃やしていた火も消えるということですか」
「そこまでは考えていませんでした」
「電気系でしょ。消えたのは」
「じゃ、蝋燭なら消えていないと」
「さあ」
「でも、それはほんの一瞬、数秒でした。1分以内です、消えていたのは。これはどういう意味でしょう」
「知りませんよ。あなたの見た夢の話なんて、最初から荒唐無稽なのですよ。だからそんなもの真剣に考えるようなことじゃありません」
「でも、印象深く覚えています」
「灯りは消えても、世の中は続いていたのでしょ」
「そうです。暗いだけでした」
「何か意味をつかみ出したいのですか」
「はい」
「あなたはどういう意味だと思います」
「だから、意味が分からないので、聞いているのです」
「じゃ、無意味な夢でしょ。メッセージが届いていないわけですから」
「あの暗がりがメッセージです」
「それをあなたがどう解釈したかで決まります。それがないのでしょ」
「ありません」
「そのときの感情は」
「あれっと思っただけです」
「それがメッセージかもしれません。いきなり真っ暗になるというのが」
「漠然としていますねえ」
「しかし、暗闇のままだと、大変なことになりますよ。夜だけではなく、朝になってもまだ暗いと」
「そうですねえ」
「会社どころじゃない」
「そ」
「えっ」
「それでした」
「ほう」
「会社休める」
 
   了



2018年2月27日

小説 川崎サイト