小説 川崎サイト



努力の果て

川崎ゆきお



「ここで苦労しておけば後で楽になる。私はそう思ったのだがね、別に特別なことじゃないでしょ」
「そうですね」
「ところが、上司はそれを努力と取った」
「青森さんの働き振りが評価されたわけでしょ。苦労が報いられた瞬間じゃないですか」
「瞬間か……確かにそんな瞬間があった。まあ、嬉しかったねえ」
「それが何で問題なんですか?」
「鎌田君、そこに私の甘さがあった。まあ、飲みなさいよ」
「ありがとうございます。先輩」
「おごるからね。愚痴の聞き賃だ」
「どうぞ、続けてください」
「苦労したんだよ」
「それは聞きました。それで報いられたんでしょ」
「だから苦労したんだよ。したくなかったんだよ。何で苦労なんてしないといけない。普通でいいじゃないの」
「それは、どの方向でしょうか?」
「方向じゃない。方針だ」
「苦労しない方針なんですね」
「そうとも鎌田君」
「はい、うかがいましょう。その方針を」
「一度苦労すれば、次は楽になる問題ではない。それは時間的にも物理的にもだ。二人でやることを一人でやるようなものだよ。一人だと苦労する。二人だと普通だ。ところが上司は、その種の苦労をまた要求してきたのだよ」
「それは厳しいですねえ」
「勤務時間内ではできないよ。どんなに急いでも一人半分が限度だ。それにお得意様に対するサービスも悪くなる。時間がないんだからね」
「で、問題は何でしょう?」
「あのとき、苦労しなければ、要求されなかったはず。私の失敗だ。どうしてあのとき必死でやってしまったのか。それが悔やまれる」
「きっと、真面目なんですよ青森さんは」
「真面目ならもう過労死だ」
「じゃあ、ずっと続いているんですね。その二人分の仕事量が」
「真面目に考えれば、とんでもない手抜きだ。……じゃないとこなせないからね」
「でも、それを真面目にこなしているじゃないですか」
「こなせていないんだよ。もう褒められることもない。ミスが多く出て叱られることが多くなったよ。私が平常ペースの倍働いていることの評価はもうないんだよ。それで当たり前となった。だから、失敗だったんだ。あの時の苦労や頑張りが」
「もし失敗していたら、どうなってました」
「仕方なく、もう一人雇うだろう」
「その一人が僕じゃなかったのは残念でしたね」
「がっかりだよ」
 
   了
 
 


          2007年5月20日
 

 

 

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