小説 川崎サイト



鉄塔

川崎ゆきお



 深夜を既に過ぎ、朝が迫る時間、蒔田は妙な世界に入り込んでいた。
 布団の中での話ではない。蒔田はその時間、自転車で走っていた。
 蒔田は昔の遊び友達の夢を見た。子供の頃ではなく、高校時代からの友達だ。
 いつの間にか疎遠になり、蒔田が定年になった頃は、もう会う機会もなくなっていた。
 その友達の夢を見たのだ。
 友達の家に遊びに行き、一晩泊まったことがある。その時の記憶が夢になって現れたのだ。
 なぜこの時期にそんな夢を見たのかが気になった。
 目が覚めるとまだ真夜中だ。
 蒔田はもう一度眠ろうとしたが、夢の印象が強すぎた。後遺症のようなものだ。それですっかり目が冴えてしまった。
 気が張り、ほぐれない。
 それで蒔田は自転車に乗り、あの町へ行くことにした。友達の住んでいた町まではよく自転車で行った。
 蒔田がその町へ向かうのは何十年かぶりだ。
 大きな農家だった。その二階に友達の部屋があるのだが、二階への上り口が見つからないので、廊下や座敷をうろうろしている夢だった。
 友達が上にいるのだが、たどり着けない。
 夢で見た家と記憶での家とは違っていた。上への階段も見つからないし、家からも出られない。閉じ込められた。
 夢の中ではうろうろしているところで目が覚めた。
 蒔田は友達の町に入った。高圧線の鉄塔が何本も立っている。変電所があるためだ。昔と同じ風景だが、周囲は住宅地になっている。
 川沿いに進めば友達の家にたどり着けたはずなのだが、目印も忘れてしまい、通り過ぎたようだ。
 以前にはなかった大きな道路が走っていたり、高速道路が壁のように立ちはだかっている。
 友達の農家などもうないのではないかと蒔田は思いながら、鉄塔だけを目印に、その周辺をジグザグに走った。
 しかし見覚えのある通りはなく、農家の痕跡も町から消えていた。
 あの頃は、村道に沿って農家が集まっていた。その村道が見つからない。
 蒔田は諦めて戻ることにした。しかし、何処をどう走っても、鉄塔が視界から消えない。抜けられないのだ。
 まだ、夢から覚めていないのではないかと思いながら、蒔田はペダルを踏み続けた。
 
   了
 
 


          2007年5月22日
 

 

 

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