小説 川崎サイト

 

観覧車


 仕事が一段落付いたので、田中は自由な時間を得た。しかし、一段階なので、二段階三段階とあるため、自由な大海原が拡がっているわけではない。浜辺から少し沖に出かかったところで、戻らないといけない。
 二段落目はすぐに待っているのだが、二三日のんびりとしていてもかまわない。これは日数的に多いといえば多い。連休に近いが、中途半端。一日目は寝ているだろし、最後の日は体力温存で、無茶はできない。翌日から二段落目が待っている。
 すると何かできるのは一日だけ。
 その一日、丁度休みの中日が来てしまったが、何をしていいのやら、まだ決まっていない。それに外は曇天。雨でも降れば出掛けても楽しくない場所もある。
 それで田中は二日目も部屋でゴロゴロしていた。出掛ける予定が立たなかったこともあるが、それほど行きたいところもなかった。
 そして翌日の最後の日。空は晴れ、季候も良い時期。これは出掛けないと損だと思い、とりあえず外に出た。しかし、行き先は未定。出るということだけが決まっていた。
 明日から仕事なので、あまり遠くへは行けない。そして疲れることも控えるべきだろう。そうなるとますます行き先が少なくなる。
 行き先も決まらないのに外に出る。これが危険なことを田中は経験上知っていた。地に足が付いていない。何処にでも足は付けられ、踏めるのだが何のために踏んでいるのかの意味がないため、宙を歩いているようなもの。単に道が続いているから進んでいるだけ。その道は駅まで続いている。これは以前にも経験した。
 とりあえず出掛ける場合でも、一応電車に乗るため、駅へ向かう。ここまではできる。目的地は駅。これも以前同じことをやっていた。そのときは適当な駅で降り、適当に散歩し、適当に帰って来るはずだったが、適当には行かなかった。
 そのとき降りた駅に行ってみたくなった。しかし、当時降りた駅は実際には存在しなかった。そして駅周辺の町など、地図にはなかったのだ。
 今回もそれをやってしまう恐れがある。しかし、見知らぬ駅ではなく、今度は以前と同じ駅なので、知っている町になるはず。
 田中は二の足を踏まなかった。二回目なので様子が分かっているし、無事そこから戻って来られたし、その後も何の影響もない。だから安心して繰り返せる。
 その駅は丸太山行きの各駅停車の中程にある駅。駅名は円加。しかし、そんな駅はない。
 前回と同じように丸太山行きに乗り、郊外へ郊外へと向かう途中で、居眠りを始めた。駅に到着したときのアナウンスで目が覚め、降りたところが円加駅。今回も眠ることにした。
 しかし、なかなかウトウトならない。昨日部屋で一日ゴロゴロしているとき、昼寝もしていたのだろう。それに今朝は遅い目に起きてきた。もう十分睡眠は足りている。だから前回と同じように居眠りができない。
 終点の丸太山には遊園地があり、閉鎖の噂がある。
 観覧車が見えてきたが回っていない。
 目的地はここではない。しかし終点なので降りた。折り返し運転ではなく、車庫に入るらしい。田中が降りると、箱は無人になった。
 終点なので、線路はそこで終わっている。もし仮にブレーキでも壊れて、止まらなくなった場合を予測してか、ぶつかっても多少はやわらぐ程度の仕掛けがある。それを見ながら改札へ向かっていたが、その横の少し離れたところにも改札がある。臨時改札だろうか。
 田中はそちらから降りることにした。しかし自動改札だと思っていたが、そうではなく、駅員もいない。だから改札ではないのだ。
 そこを抜けると駅舎の横に出る。そしてその先に電車が止まっているのが見えた。
「これはやったかもしれない」と田中は電車に近付いた。だがホームがない。
「そうか」
 田中はすぐに気付いた。車庫なのだ。
 見付かるといけないと思い、改札のようなものがあった場所へ戻る。腰ほどの高さの木戸が開いていただけ。
 そして、普通の改札から出て、遊園地へと向かう。観覧車はまだ動いていない。客が来ないと動かないのだろう。
 田中はもの凄く高い入園料を払い、観覧車へ向かった。中の乗り物は無料らしい。
 観覧車前に行くと、係員がさっと扉を開けてくれた。
 そして、かなり経ってから音が大きく鳴り出し、動き出した。
 観覧車の箱が一番上に差し掛かったとき、丸太山の麓にあるだけに、結構見晴らしがよく、乗っただけの値打ちがあった。この路線の何処かにあの円加駅があるはずで、それを探したが、当然見付からない。
 観覧車が時々ギシュギシュと妙な音を出した。この鉄骨、古すぎるのではないかと、心配になり、繋ぎ目などを見ると、テープで留めている箇所が何カ所もある。まさかそれで補強しているわけではないだろうと思うものの、怖くなってきた。
 高い場所なので、風があるのだろう。少し揺れる。それとギシュギシュという度に、箱がガクンガクンとなる。そういう仕掛けの乗り物ではないはずなので、古いためだろう。
 やがて箱は下に降りてきた。係員がドアを開ける。すぐに降りないと、また上までいってしまう。あれから誰かが乗ったのだろう。
 それで、無事に戻って来ることができたのだが、あの丸太山遊園地、閉鎖される噂があるが、もう既に閉鎖されていたと、あとで知ったら、怖い話しになるだろう。
 そんなことはなく、田中は休みを終え、翌日から第二段階の仕事を始めた。
 
   了
 




2018年3月22日

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