小説 川崎サイト

 

その先へ


 久しぶりに行く場所だが、何度か行くうちに近く感じる。最初はどの辺りまで行ったのか見当が付かないほど遠かったのだが、それを繰り返すことで見知った場所になるのか、距離感も分かりだし、今どの辺りにいるかも分かるし、迷うこともないので、もう注意深く前方を窺うこともなくなる。
 春の陽気に誘われ、田中は自転車で出掛けたのだが、その日は出るつもりはなかった。昼間の用事で外に出たのだが、すぐに戻るはずだが部屋でくすぶっているより、外で過ごす方が気分が良いので、日常コースからすっと離れてみた。これはたまにある。地球の引力圏から抜けるようなものだが、そこまで遠くへは飛ばない。自転車なので。
 その遠くにある町へはこういう日に何度か行っていた。そのため、その道順もよく知っているので、道を変えることもある。しかし、それも何度かやるうちに慣れてしまい、新鮮さが薄れる。それで最近はその町へは行かなくなったのだが、それからかなり経過しているので、忘れているかもしれない。
 そして、いつもの道筋から離脱し、非日常ともいえる外側へと飛び出したのだが、その辺りはまだ見知った建物などが見えている。後ろを振り向き、それらが消えたところでやっと外海に出た気分。だが記憶はすぐに戻り、この先何があるのかはすぐに思い出せた。
 かなり前に一回だけ行ったような場所なら、うろ覚えに近いが、何度も行っているので、前方の風景はあるべきものがある感じ。
 ただ、季節は春。春に行ったことはなかった。秋や冬に多かった。夏も一度行ったが、暑くて何ともならなかった。そして気候の良い春は意外と行っていない。
 初めての体験となるとすれば、背景が春ということだろう。道沿いにある公園に桜が咲いている。公園は知っているが、桜が咲いている状態は知らない。まあ、珍しいものではないので、桜ぐらいあるだろう。
 さらに進むと、大きな公園に出た。芝生が拡がり、樹木も多く茂り、花畑もある。桜も咲いており、芝生では花見をしている人々がいる。本格的にシートを敷き、酒盛りしていたり、子供が走り回っている。この近所の人だろう。観光地ではない。近所にあるちょっとだけ規模の大きな緑地公園だろう。
 田中は当然ここに公園があることは知っており、中にトイレがあるので重宝した。入り口近くの東屋はベンチで将棋を指している人がいる。
 目的の町まで、ここで半分ほど。距離感もしっかり把握できている。やはり何度もうろついた場所では新味がない。花見をやっているのは少し新鮮だが、これも珍しくはない。よくあるようなことが執り行われていることで、不思議なことでも何でもない。
 それで公園内のトイレまで自転車で突っ込み、用を足して公園から出た。
 方角は分かっている。そのため、別の道筋を選び、あの町へと向かった。走っている道は初めて抜ける道路だが、こういうことをすると、ますます詳しくなり、道に詳しくなってしまう。
 もうこの辺りは詳しくなってしまい、食べ尽くした感じ。
 そして目的地の町に入ったのだが、この町に何かがあるわけではない。今まで走ってきた場所も町。目的地の町と町の様子はほぼ同じ。だが目的としているのは町名だ。海老名町という町で、これは町名の表示が違うだけで、周囲の町と風景は同じ。町名が違うだけなのだが、ここに何かがあるわけではない。要するに折り返し地点としての意味しかない。
 不思議とここで折り返すことになっている。田中が決めたコースで毎回そうしている。
 この海老名町の先にも町があるが、帰りが遅くなるので、引き返している。
 引き返す前にその先を見ると、桜。
 花見の名所にもなりそうなほど桜が続いている。春にここまで来たことがないので、分からなかったのだ。
 田中は引き返すのをやめて、桜へ向かい、ペダルを踏んだ。
 そして遅い時間になったが無事戻ってきた。
 あの折り返し地点の町で引き返した方がよかったと、戻ってから思う。
 田中は桜を追いかけ、土手沿いをかなり走った。桜並木が途切れても、さらに走った。そして淋しい場所に出たが、土手は続いている。
 そして土手が途切れるところまで行った。その先に海が見えた。
 これは見てはいけないものを見たように思えた。
 
   了



2018年4月1日

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