小説 川崎サイト

 

桜が落ちる


「桜がねえ」
「もう花見のシーズンは終わりましたが」
「いや、まだ咲いておる」
「山桜でしょ」
「いや、街中だ」
「ソメイヨシノですか」
「おそらくそうだろう」
「既に葉が出てきて、花はないですよ」
「それがまだある。咲く花、散る花がね」
「ソメイヨシノに似た品種で、遅咲きの桜じゃないですか」
「違う。ずっと咲いておる。桜が咲く前から咲いておった」
「分かりました」
「分かったかね」
「絵でしょ」
「そうなんだ。ある施設の壁にある絵でね」
「常設の」
「いや、この季節だけ」
「ディスプレイですね」
「まあそうなんだが、よく見ると、そんな桜は存在しない」
「絵ですから、存在しませんよ」
「いや、桜の木の絵としてもあり得ない」
「じゃ、桜の木じゃないのかも」
「この季節なら桜だろ。それに花びらは桜。しかし枝振りは桜だが、花の付き方がおかしい。枝の小枝、さらに小枝に付くのだが、そうではない」
「まあ、簡略化した絵なんでしょ」
「咲いている花もあるし、散りゆく花もある」
「絵ですから、何とでもできます」
「それを見ているとね。日によって散り方が違う」
「え」
「今まさに舞っている花びらが昨日とは違っていたり、数が少なかったり、増えたりしている」
「錯覚でしょ」
「そうだね。暇だからずっと見ているので、長いこと同じものばかり見続けていると動き出すことがある。それに近いのだが、見ているときには変化はない。ところが翌日行ってみると、変化している」
「書きお直したのですかねえ」
「そんな手間の掛かることをするはずがない」
「壁に掛けてある絵でしょ」
「壁にいきなり書かれてある」
「じゃ壁画」
「しかし、シーズンが終わると、別の絵になる」
「じゃ、壁紙でしょ」
「幅は一メートルもない。高さも。そこだけわざわざ張り替えるかね。それに区切りがない。張り替えたとすれば、そこだけ色が違うはず。日が差す場所にあるからね」
「じゃ、何でしょう」
「絵の一部が違っている日がある。枝は同じだが、花びらの位置が違っていたりする」
「どういうことでしょう」
「花びらが散って、落ちたのだ」
「絵でしょ」
「だから、絵が落ちた」
「はあ」
「よく見ると、花びらが光っておる。しかも丸く」
「はい」
「張ってあるんだ。花びらが」
「なるほど」
「それで剥がれて落ちることがあるんだろうねえ。それを張り直したようだが、位置が違う」
「壁画ではなく、貼り絵ですか」
「枝も実は貼ってある」
「なるほど」
「それに気付いたのは、いつもの時間帯と違うときに見たんだ。光線状態が違うので、光っていたんだ。丸い透明のテープのようなものが見えてしまった。さらの花びらの形に切った紙ではなく、丸いテープのようなものの中に桜の花びらをプリントしていたんだ。枝もそうだ。枝の端に光る箇所がある。枝に沿ってね。枝も複数のテープにプリントされたもので、絵を組み立ててある。きっと完成品のサンプルがあるんだろう」
「はい、分かりました」
「だから、この季節になると全国津々浦々にあるその施設で、一斉に使うんだろう。ここだけじゃない」
「そういうことだったのですね」
「しかし、その絵をじっと見ていると、桜が散って落ちることがある」
「接着が剥がれて、ポロリと落ちたのですね」
「そうじゃ」
「じゃ、枝も落ちるかもしれませんよ」
「まあな」
 
   了

 



2018年4月15日

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