小説 川崎サイト

 

語るに落ちる


「語りたいことが若い頃は一杯あったのだがね」
「青年の主張ですね」
「感情が沸き立っていたんだろうねえ。しかし、今は語りたいことを探さないといけなくなった。そして語るようなこともないのに語っていることがある」
「ますます語らないといけないことが増えるのじゃありませんか。世の中色々見て見識も広くなり、多くの体験をされたのですから」
「最近は口が淋しい」
「お腹が減っているとか」
「いや、語るほど淋しくなる。言ったところで大した意味はない」
「しかし先生は昔から社会に対し、警笛を鳴らしていたじゃありませんか」
「父ちゃんのポーが聞こえるだ」
「はあ」
「あれはやはり元気だったからだろうねえ。そういうことを言ってみたかったんだよ」
「そうなんですか」
「社会に物申すなんて簡単だよ。実際に行動する方が遙かに難しい。そして一つの行動に出ると、他の行動には出られなくなる。体は一つだからね」
「大丈夫ですか。これ全て記事になりますが」
「そうだったね。録音していたんだ」
「はい。だからいつもの調子でお願いします」
「もう元気もないのに、芝居はしんどいよ」
「いっそのこと、そのことを記事にした方が面白いかもしれません。これは衝撃ですよ」
「え、皆さん、もう知っているでしょ」
「読者は分かりません」
「いや、気付いているはずだよ」
「そうですねえ」
「私の場合、役でね」
「厄」
「ああ、その厄でもあるので、疫病神のような役だよ。そういう役割を受け持つことが多い。だから語りたくて語っているんじゃないけど、語っているうちに本気になってきて、その気にはなるがね。実際には演じているんだよ。演説ってそんなものだろ」
「先生は怖い人で、近付きがたい人で、反骨の人で、他の人が言わないことでもしっかりと言う人です」
「だから、そういう役どころなんだよ。本当はそうじゃない」
「何か今日はおかしいですねえ」
「そうだね、もう年なので、本当のことをちょっと言いたかったんだろうね」
「それは墓場まで持っていくようなことじゃないのでしょうか」
「いや、そんな大層な問題じゃない。犬がケンケン吠えているようなものさ」
「今回は調子が悪いようですので、日を改めます」
「そうしてくれるか、今日はいくら喋っても記事にはならんだろ」
「はい」
 
   了



2018年5月5日

小説 川崎サイト