小説 川崎サイト

 

冒険王


 大型連休の頃、坂上はやる気を失った。遊びほうけていたわけではなく、ゴロゴロしていただけだが、これがいけない。元気に遊びにでも出ていればまた元気に仕事に戻れるのだが、ただのゴロゴロでは怠けているだけ。休みなので体を休めないといけないほど坂上は疲れていない。睡眠時間は人より長いし、健康そのもの。
 五月病。これが坂上が毎年越えなければいけない峠の関所。越すに越せない田原坂のように曲がった坂道が続いている。
「どうなの」
 同僚の大黒が遊びに来た。積極的だ。遊びに来るのだから。
 少なくても電車に乗らないと坂上の部屋までは来られない。部屋の近くの自販機とコンビニにしか行かない坂上とは違う。
「また五月病か」
「もう新入社員じゃないけどね」
「じゃ、何だ」
「この季節、眠くて、だるくて、何もしたくない。それだけ」
「しかし君の大型連休は倍ある。超大型連休だ。連休を過ぎても出て来ない。今年もそれかい」
「可能性はある」
「心配して来たんじゃなく、君が来ないと僕が倍忙しくなる。だから頼むよ」
「ところで大黒君」
「何だい」
「遊びに出たかい」
「だから、今日、来たじゃないか」
「それが遊びなの。行楽なの」
「観光じゃないけど、暇なので遊びに来たんだ」
「しかし、何もないよ」
「いいんだ。出掛けただけで」
「あ、そう」
「やはりねえ」
「何」
「やはり、これということがないとねえ」
「これと」
「これというのは、まあ、凄い話とか、そういうことでもないとアクティブになれない」
「要するに冒険に出たいんだ」
「冒険も探検も、一人遊びのようなものでね。一人でそんな雰囲気に浸っているだけで、ただぶらぶら歩いているだけのことさ」
「冒険ねえ」
「冒険王になりたい」
「何をする人?」
「冒険する人さ」
「ふーん」
「宝探しでもいい。これは楽しんだだけで終わるのではなく、お宝を持ち帰られる」
「余計に疲れてきた」
「まあ、いいじゃないか。元気そうだから、あさってから会社だ。出て来られそうだね」
「まあね」
「じゃ、安心して帰るよ」
「早いなあ」
「見に来ただけ。それだけ」
「分かった」
 翌々日、坂上はいやいやながら出社した。しかし、大黒は来ていなかった。
 先輩が連絡しても大黒のケータイは繋がらない。無断欠勤。
「君なら友人なのだから知ってるだろ。大黒君はどうした」
「冒険へと旅立ったのでしょ」
 先輩はまったく表情を変えないで横を向いた。
 
   了




2018年5月8日

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