小説 川崎サイト

 

誰かいるのか


 堀口は早く仕事を終えて遊びたいとか、自分の時間をエンジョイしたと思うのだが、そんなときに限り、仕事が捗らない。あと僅か。ほんの数十分で済む。調子の良いときはその半分で済む。そして大してプレッシャーの掛かるようなものではないので、さっとやれば、さっと終わってしまう。だが早く済ませたいときに限り、そうはいかないのだから、皮肉な話だ。
 簡単なはずのことで手こずる。やり出せばすぐなのだが、止まってしまう。
 何が災いしているのだろう。これは早く済ませたいと思う気持ちがプレッシャーになるため。当然堀口がそんな止めに入るようなことはしていない。もっと早くと勢いを掛けているのに。
 それで、どうにも前へ進まなくなったが、これを終えてから遊びたい。中断した状態では気が重い。さっと終えたときの解放感がない。
 さっとできるどころが、まったく止まってしまい、何ともならなくなった。このままでは座っているだけ。何もしていないのとかわらない。
 しかし……と三村は考えた。仕事を早く上げるのはいいのだが、何をしてそのあと過ごすかだ。それはまったく考えていなかったが、自由な身になることだけでもよかった。好きなことができる時間、自由時間、それを得るだけで。
 それには終わらせないといけない。そうでないと解放感がない。
 それで仕方なく普段の数倍の時間を費やして何とか仕事をやり終えた。
 外に出ると、もう夕方から夜になっていた。この時間から遊ぶにしても、子供なら暗くなってからは鬼ごっこもしないだろう。
 それで遅いという感覚が先に立ち、そのまま真っ直ぐ家に帰った。
 ドアを開けると様子が違う。帰り道にウロウロしなかったので、結果的には昨日よりも相当早く帰ってきたのだ。しかし昨日と同じで外は暗いし、部屋の中も暗い。休みの日は別だが、仕事に出ている日に、こんなに早く帰ったことは今まで殆どない。
「誰かいるのか」
 堀口は急にそんなセリフのようなものを吐きたくなったのか、声を掛けてみた。こんなものは一人芝居で、誰もいないことが分かっているからできること。
 がさっ
 と音がした。ペットは飼っていない。
 声の振動で、何かが落ちたのだろうか。そんなことはあり得ない。もしあるのなら客が来て話しているとき、その声で棚からボタボタ物が落ちっぱなしになってしまう。
「誰かいるのか」
 堀口は少し不安になってきた。靴を脱ぎ、忍び足で廊下を進み、居間を覗いた。
「誰か来たの」
 今度は反応はない。
 そんなことを楽しんでいる場合ではないので、リモコンで灯りを点けた。パッと居間のLED灯が灯り、明るくなった。これで、この怪談は終わりだろう。
 しかし、今度は確実に何かの気配がする。後ろだ。
 これはやるかもしれないと思いながら、堀口は一気に振り返った。
 誰もいない。
「誰かいたの」
 反応はない。
 がさっと音がした犯人は誰だと思い、居間の隅々まで見るが、物が落ちた形跡はない。横の和室も覗くが、朝起きたときのままの掛け布団がベッドからずり落ちている程度。これが「がさっ」の正体だなと分かり、もう「誰かいるのか」劇を終えた。
 
   了


2018年5月14日

小説 川崎サイト