小説 川崎サイト

 

寄り道


 天気晴朗なれろ波高し。そんな月曜日の朝、海の波は見えないが、風があるのだろう。雲が流れていく。あの雲は何処へ行くのだろうかと考えたことはあるが、見ている間はそれほど移動しない。向かっている方角程度は分かるが。
 雲は何処へ行くかは風任せ。そんな感じの旅人が昔いたのかもしれない。風の向くまま気の向くままの。だから目的地がない。目的地を決めて旅立たなかったとすれば方角が手掛かり。西へ行けばどうなる。東へ行けばどうなる程度は分かる。従って西へ行くのが目的。目的地はないが、向かっている方角が目的地。そこからどう流れるのかは風任せ。
 強い風に煽られてそちらへ流されるわけではなく、気持ちの流れで、向かう道も決まるのだろう。
 竜弥とという悪がいて、股旅。賭場で悪事を働き倒し、流れ流れてなんとやらで、行き先はそれこそ風任せなのだが、ある街道に差し掛かったとき、ついでに足を伸ばす宿場がある。ここだけははっきりとした目的地で、近くに寄ったときは必ず見に行く。
 それは見るだけ。
 相当の悪だが、その昔、その宿場でいかさまで取った博打の金を懐に、追っ手をまいて逃げ切ったとき、池の畔で泣いている少女がいた。見ると近くに母親が倒れ、既に虫の息。怪我はないことから病気だったのか。
 竜弥は仏心を出したというよりも、この少女と同じ年頃で亡くした妹がいた。何処か顔が似ていた。たった一人の身寄りだった。
 竜弥は近くの大きな百姓屋へ少女を連れて行き、博打で取った大金と一緒に預けた。つまり、面倒見てくれと頼んだ。そこは強面のする無頼漢だけあって、顔が怖い。百姓屋の家族は断ることが、これではできない。何をされるのか分からないためだ。しかし、かなり大金を置いていったので、家族として育てることにした。つまり養女にした。
 それから十年になる。竜弥は近くまで来たので足を伸ばし、その農家へ寄る。しかし中には入らない。無事に育っているだろうかと垣根越しから確認するだけ。
 今回来たのは数年ぶり。寄っても少女の姿が見えないときがある。だから五年ほど見ていない。
 竜弥それで少し心配になった。
 そして庭先から窺っていると、年頃の娘が桶を手に出てきた。龍也は別人かと思った。すっかり娘になっていたのだ。
「あ」と声を出したため、娘に気付かれた。
 もう確認できたので、龍也は用はない。そのまま立ち去った。
「おじさん、股旅のおじさんでしょ」
 と、後ろから声が聞こえてきたが、竜弥は走り去り、そのまま旅立った。
 
   了
 


2018年5月23日

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