小説 川崎サイト

 

梅雨が好き


「梅雨入りはまだでしょうかな」
「もうすぐでしょ。南の方じゃ、もう梅雨入りしてますよ。もうしばらく立つので、こっちもすぐです」
「今日も空模様が怪しい。しっかり晴れない。湿気も強い。いつ雨が降ってもおかしくない。この状態、梅雨じゃありませんか」
「そうですねえ。この前も雨が続いていましたしね。しかし、この地方の梅雨入りはまだのようです」
「早く梅雨が来た方がいい」
「ほう」
「この湿気が好きでしてねえ。ジメジメした状態が、乾燥していると、皮膚も乾燥し、気持ちが悪い。水気がいるのですよ」
「湿地の生き物のようですねえ」
「はい、私にはその環境が一番合っているのです」
「ジメジメして蒸し暑い状態がいいのですか」
「はい、そうなのです」
「それはいいですねえ。誰もが梅雨時を嫌うのに、好きだとは」
「雨が好きです。ずっと雨季ならどれほどいいかと思います」
「まあ、体質は人それぞれ」
「そうです。それ以上でも以下でもありません」
「以前はどんなお仕事を?」
「普通の事務職です」
「そうですか」
「それが何か」
「いえ」
「きっと蒸し暑くジメジメした男だったのでしょうなあ。それが言いたかったんじゃありませんか」
「いえいえ」
「しかし、水分を含んでいると滑らか。艶も出る。野菜なんかも水を掛けると生き返るでしょ。だから八百屋じゃ水を掛けるんです。みずみずしくなる。だから私もそうなんですよ」
「そうでしたか」
「それと吸着力、粘着力がありましてねえ、何事もネチネチネバネバしつこくやる方でして、だから仕事もできる方でしたよ。でも平社員のまま。係長にさえなれなかったのですが」
「どうしてですか。仕事ができるのに」
「聞かなくても分かるでしょ」
「いえいえ」
「会社じゃカエルと言われていました」
「すぐに帰るからですか」
「分かっているのに、そんな間違いをしないで下さい。私の顔を見ただけで分かるでしょ」
「いえいえ」
「私は蛙なのです」
「いえいえ」
「社長はオオサンショウウオに似ていました。似たようなものでしょ」
「どちらも水辺に」
「はい、同僚に源五郎がいましてねえ。彼も出世できなかったです。私とは大の仲良し」
「同類だからですね」
「ほう。蛙と源五郎は同類ですか。初めて聞きました。彼は泳ぐ甲虫ですよ。私よりも防御力が高い」
「はい」
「蛇が嫌いでしてねえ」
「そうでしょうねえ。天敵でしょ」
「えーと、何の話でしたかな」
「梅雨の話です」
「そうでしたねえ。もうこれだけ天気の悪い日が続くのなら、もう雨季でしょ。私の季節です」
「はい、お元気で」
「はい、お達者で」
 
   了

 


2018年5月30日

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