小説 川崎サイト

 

重鎮崩れ


「これはこれは立川さん。わざわざこんなところに」
「いやいや、たまには親交を深めないとね」
「はい、そうですねえ。しかし訪ねて来られるのは今までなかったですよ。どうかされたのですか」
「お分かりだと思いますが」
「はあ、まさか、あれですか。もうお耳に」
「どういうことですかな」
「生活が苦しくて」
「それはいけない」
「仕事が入って来ないものですから」
「それは皮肉ですかな」
「いえ、そんなつもりは」
「釘をね」
「釘。ちょっと待って下さい。あると思いますが、もう錆びているかも」
「その釘じゃない」
「はあ」
「刺しに来た」
「ああ」
「竹中から仕事をもらったようですな。一度はいい。しかし、二度は駄目」
「気にはしていましたが」
「そうでしょ。竹中とは付き合わない方がよろしい。筋というのがあるでしょ」
「はい」
「あなたは前田さんの人間だ。私もそうだ。仕事は前田さんから頂く。あなたを今まで育てたのは前田さんでしょ。裏切るようなことがあってはいけません。今回はなかったことにしますので、今後気をつけて下さい」
「仕事がなかったもので、つい」
「仕事は前田さんが世話してくれるでしょ」
「最近、止まってます。もう苦しくて苦しくて」
「まあ、前田さんも以前ほどの威勢はなくなりましたがね。それでも義理を欠いては駄目だ」
「前田さんのお耳に入りましたか」
「まだ知らないようです。まあ、あなたの動きなど大して関心はないはずですが、うちからそういう裏切り者が出たことが残念でね」
「裏切ったわけじゃありません」
「私など前田さんとはもう若い頃からの付き合いだ。他の人達も前田さんのお世話になっているはず。それを忘れてはいけません」
「重鎮からそう言われると、恐縮します」
「ところで堀川さん」
「はい、何ですか立川さん」
「いくらで引き受けました」
「え」
「竹中からいくらで引き受けました」
「悪くないです」
「あ、そう」
「これを機に、継続性のある仕事を次々に渡すと」
「あ、そう」
「でも、あなたから釘を刺されたので、反省しています」
「抜いてもいい」
「はあ」
「釘は抜く」
「あ、はい」
「竹中に口をきいてくれないかなあ」
「あああ、はいはい、喜んで」
 
   了


2018年6月8日

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