小説 川崎サイト

 

閻魔飛び


 古ぼけた閻魔堂がある。板は腐り、隙間ができ、地面に近いところは苔で緑色になっている。お堂の形をしているが扉はない。最初からない。数段の階段は石段だが、中は土間。奥にベンチにしては高い台があり、そこに閻魔さんが座っていたはずだが、今はいない。空き家のような閻魔堂で、それを示す額のようなものもない。ただ地元の人はここが閻魔堂だとは分かっているのだが、中の具がないのだから、お参りもできない。保存するにしてもガワしか残っていない。
 場所は旧村時代の村の入り口の辻。今は宅地化が進み、農家とは関係のない建売住宅が建ち並んでいるのだが、それらも古くなっている。当然昔から住んでいる農家の人も、ここにはまだいる。寺や神社も村時代のまま残っているし、田んぼはないが大きな農家は残っている。建て替えるとき、以前と同じ形を残す家もあれば、今風の家にする家もある。だから一見して農家だとは分からないが、元農家だった人も多く住んでいる。
 辻にあるが、尖ったところ。道が二つに分かれているのだが、その角度が鋭いため、先端が三角。そこに閻魔堂がある。放置されているのは誰のものなのかがはっきりとしないため。実際には村のもの。何人かからなる共有地。全員の同意がなければ弄れない。その中には遠方へ引っ越した人もいるし、絶えた家もある。
 意外と村人だった人は閻魔堂など無視しているが、引っ越して来た人の中に神秘家でもいるのか、この手のものが好きな人がおり、よそ者がお参りに来ている。しかし、具はない。中は空き家だが閻魔堂だったことは耳にしているので、そのつもりでお参りに来るようだ。
 閻魔さんの別の顔は実は地蔵菩薩。逆に言えばお地蔵さんの別の顔が閻魔さん。この地蔵というのは将棋で言えば飛車角のように大胆な飛び方ができる。菩薩の中でも地蔵は機動力が高い。六道を行き来できるのはこの地蔵だけ。
 あの世とこの世、極楽も地獄へも行ける。
 そういうことを知った人が、この閻魔堂に来て閻魔さんが座っていた場所に座る。ベンチにしては高いので、台の上でベタ座りで目をつむる。座禅でも組んでいるような感じだが、足はフラットで適当。
 この人は修行僧でも行者でもない。またヨガや瞑想家でもない。どちらかというと神秘愛好者。これは悪い趣味。
 悟りを開くため座っているわけでもなく、お参りでもない。実はあっちへ飛んでいるのだ。
「衣笠さんでしたかな」
 閻魔の台座に座っているところを見られて、衣笠は驚くどころか、歓迎するかのような笑顔。声をかけたのは妖怪博士。
「ここですかな、ワープポイントとは」
「はい、なかなか飛べませんが、飛びそうになることが何度もありました」
「バチがあたらんようにな」
「はい、お参りはしませんが、挨拶だけはしっかりとして、ここに座らせていただいております」
「飛びかけたと?」
「はい、空気が変わり始め、身体がゆらゆらし始めて」
「まあ、ずっと座っていると、そんなものでしょ」
「そうですか」
「地蔵飛び、または閻魔飛びと言われていますが」
「そうです。ワープ術です」
「他に変化は」
「はい、座っておりますと、あらぬものが見えたり、聞こえたり、また何者かが近付いてきて、じっと私を見ていることも」
「目は閉じられているのでしょ」
「たまに開けます」
「地蔵飛びは目を閉じますが、閻魔飛びは目を開けたままです」
「そうでしたね」
「瞬きをしてはなりません。開けっ放し。すぐに涙が出てきますが、流るるがまま。やがて出なくなり、かっと見開いたままになりますが、今度は痛くなったり、かゆくなる」
「それ、苦手なので、目を閉じる地蔵飛びにしていますが、これもたまに開けます。そのとき、誰かがいたりします。子供だったり、動物のようなものだったりとか」
「閻魔飛びをしているときは妖怪がたかってきます。それでしょ」
「魔ですか」
「そうです。まあ、それが出てきたらやめることでしょうなあ。徳が足りないからです」
「はい、ありがとうございます。妖怪博士。わざわざ来て頂いて」
「いやいや、こういう空き家のお堂にはややこしいものが住み着くようなので、閻魔飛びも程々に。それにあの世、地獄、極楽にも飛べるようですが、レベルが低いと戻れなくなりますからね」
「はい、往路も課題の一つに加えます。色々とありがとうございました」
 
   了


2018年6月12日

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