小説 川崎サイト

 

術中に填まる


 浮世離れした暮らしぶりの村田だが、浮世にいる限り、浮世からは離れられない。この世は全て浮世。浮いているのだ。見るからに浮いた暮らしぶりの人もいれば、地に足を付けた地道な人もいるが、どちらもまた浮世。浮かれないようにしているのだが、完全ではない。浮世が入り込んでくる。
 世間から離れたところに暮らしていると、そこは世間から遠いだけに、そこまでやって来る人は地道な人ではなく、浮いた人が多い。つまり、普通の人ではなく、一寸特殊な人が訪ねて来る。これはわざわざ探してまで会いに来るのだろう。
「隠れ住む策士とはあなたですね」
「そんないいものではない。ただの世捨て人」
 世捨て人に近付いて来るのは普通の人は少ない。普通の人は世捨て人など相手にしないし、用もない。
「先生ほどの方が、こんなところで埋もれていらっしゃるとは」
「それほど大した人間じゃないから、山に捨て捨てられたのじゃ」
「是非当家にお越し下さい」
「私をそういう風に見てくれるのは有り難いのですがな、実は見かけ倒し」
「ご謙遜を。また、たとえそうであってもかまいません」
「そうであってもか」
「はい」
 村田は世に知られた策士。この策士というのは嫌われている。村田も嫌われるのがいやなので、策士をやめ、山中で暮らしていた。しかし、それは表向きではないかと浮世の人は見ていた。これこそ、この策士の策。分かりにくいところに暮らし、見つけてもらうまで待っているような。あるいはその痕跡を残し、探されやすいように仕掛けていたのではないかという疑いがある。
 これが策士村田が作った罠なら、三度断り、四度目に引き受けるはずだが、五度も六度も断った。
「やはり村田先生は本物でしょ」
「でもどうして断るのでしょうなあ」
「当家が気に入らないとか」
「私はまがい物と見ております」
「偽物」
「そうです。偽策士」
「偽物なら、引き受けるでしょ」
 七度目に訪ねたときは、現生を持って行った。現金だ。
 村田は断らなかった。
 しかし、準備が遅れてか、なかなか山から下りて来ない。
 心配し、見に行くと、もぬけの殻。
「流石策士、まんまとやられましたなあ」
「欲しいのう。あの村田いう男」
「はい、また探すことにいたします」
「そうしてくれ」
 
   了


2018年6月16日

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