小説 川崎サイト

 

ないものがある


 あるはずがないものがある。逆にないはずのないものがある。あるものがあり、ないものがある。
 武田はないはずのものがあったので、少しあわてた。最初からないものと諦めており、また、ないものとしてやってきた。ないのだから仕方がない。なければなくても何とかなるもの。別のものでやるとか、それがなければできないことなら、そのことはしないとか。そしてないのだからそれ以上考える必要はなかった。
 あればいいのになあ、とたまには考えるのだが、無理なら仕方がない。諦めてはいないが、実質諦めたも同然。
「ないものが突然現れたのですかな」
「そうです」
「そりゃ魔法だ」
「手品かもしれません」
「それでどうなりました」
「喜びました」
「それはよかった」
「しかし、急に降って沸いたようなことなので、パニックになりました。予定にもないことですし、予想だにしていません。期待さえしていませんでしたから」
「ほう」
「初めは喜んだのですが、今考えると迷惑な話です。心の準備もできていません。その後どうすればいいのか分かっていますが未知の領域。そちらへ行く予定は全くなかったのですから、これは迷惑です」
「でも、望んでいたことなのでしょ」
「はい、でも、夢の一つ程度で、あくまでも夢。現実になるとは思っていません」
「それでどうなりました」
「捨てました」
「ほう」
「それはものすごく欲しいもの、望んでいたものなのですが、その準備も心構えもできていません。それがないものとして今までやってきましたから、そちらの方が得意で、しかも最近調子がいいのです。長年磨き上げてきましたからね」
「もったいない」
「捨てた場所は覚えています。教えましょうか」
「お願いします」
 その人は教えられた場所へ行き、それを拾った。幸い誰も気付かなかったのだろう。こんないい落とし物を。
 しかしその人もしばらく立つと、それを捨ててしまった。
 いったい何を拾ったのだろう。
 
   了



2018年6月20日

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