小説 川崎サイト

 

脳裡に浮かぶもの


「脳裏というのが大事でしてね」
「はい」
「これがかすめます。よぎります」
「はい」
「何かをしているとき、何かを考えているとき、ふと思うことがあるでしょ。何も思わないことも多いのですが、まったく関係のないことが浮かんだりします。これが曲者でしてね。脳裏とは、脳の裏と書きますが、表のことを考えているとき、裏で起動するのですね」
「はい」
「また、脳の裡とも書きます。タヌキですね。これで脳裡と読みます。この狸が曲者。動物でしょ」
「そうですね。裏は漠然としていますが、狸はケダモノです」
「そして狸のイメージは何ですか」
「化かす」
「まあ、キツネに比べると大人しい。狸寝入りとか、狸囃子、ポンポコ狸の腹鼓。何故か間の抜けたような印象。これです」
「え、どれですか」
「脳裡にふと思うこと、よぎること。あまりまともなことじゃなかったりします。今、やっていることとは無関係な。しかし、ふっと浮かぶ。浮かばそうとして浮いて出るのではありません。作為的なものじゃなく、自然に出てくるのです。湧き出てくるのです。これはつまらない駄洒落を思い出したりとかがそうですね。韻だけを踏んでいる」
「つまり、連想の話ですか」
「連想法は作為的でしょ。連想するというサ変名詞です。しかし脳裡に浮かぶものは、作為なし。勝手に来ます。いきなり。だから来ないときもある。何かを引っかけたのでしょうねえ。しかし、つまらんものが多いですし、また思い出したくもないものを釣り上げたりします。連想法は今から連想するぞ、連想行為に入るぞと思いながら連想します。それじゃなく、ふと頭をよぎる。これが大事」
「何が大事なのですか」
「作為的でないからです」
「はあ。それで何か役に立ちますか」
「狸の仕業」
「あのう」
「頭の中に狸がいて、幻を見せるようなものですが、これは雑念に近いでしょう。一番多いのは性的な連想。これも狸の仕業。だからワイセツは猥褻と書きます。狸がいるでしょ。ただこちらの狸は田んぼに土じゃなく、田んぼに衣となってますがね。この衣が色っぽい。着衣の方が余計に色っぽいのと同じです」
「じゃ脳に狸がいるのですか」
「だから脳裡」
「その大事さが分かりませんが」
「狸のお告げです」
「そこまで行きますか」
「何が頭の中をよぎったのかをよく考えることです」
「今、偶然よぎりました」
「そうかね」
「はい」
「どんな」
「欺されまいと」
「あ、そう」
 
   了


2018年6月29日

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