小説 川崎サイト





川崎ゆきお



 松島は今日も何もしていない。
 しかし何もしていない状態もあり得ない。何かをして、過ごしている。
 食事を作ったり、掃除や洗濯はしている。買い物にも行けば散歩にも出るし、テレビも観る。
 だが、それらの「している」は、松島にとっては何もしていないのと同じだ。
 つまり働いていた頃に比べ、何もしていないという意味になる。
 それでも一日はあっと言う間に過ぎるようだ。
 三食の食事を作るにも工夫がいる。同じものだと飽きるので、作り方を変えたりする。
 だが、この場合の「する」も、何もしていないのに近い。
 洗濯物を乾かしていても、何かをした感じにはならない。
 これは何だろうかと松島は感じる。友人知人が働いているのに比べ、仕事をしていないためだろうと結論を出す。
 本来やるべき仕事をしないで、遊んでいるように見られるのが辛いのだろう。だから気になる。
 ここで松島はいつも考え込む。
「まだまだだな松島君は」
 同じように何もしていない近所の近藤が言う。
「俺なんか、老後だ」
 近藤はまだ三十代だ。
「先が長いじゃないですか」
「若年寄だよ。年とってからの老後は辛いだろ。生きているだけで一杯だ。体力がないからね。だから、老後も楽しめんだろ」
 松島にとり、この近藤を見ていると安心できる。自分も早くそんな境地で座りたいと思う。
「最近どう? また仕事探していない?」
「何かできそうなことがあれば、やってみようかと思ってる」
「どうせすぐ辞めるんだろ。回りに迷惑かけるだけだからやめときなよ」
「うん、最終的にはそれを考慮し、思い止どまってる」
「君を必要とする仕事なんてないと思うよ。俺もそうだけどね」
「そうですねえ。あまり役に立たないし」
「芸もないしね。ところで瓜はいらないか」
 近藤は瓜の苗を差し出す。
「あっ、日差しが気になってたんです。これ植えて日よけを作ります」
「さあ、そんな簡単なことじゃないよ。まあ、やってみたまえ」
「松島はまた用事が増えた」
「働きに行きたくなったら、いつでも相談に乗るぞ」
「はい、妙な雑念を取り払ってください」
「無理はいけないからな」
「はい、大切に生きます」
 
   了
 
 



          2007年6月3日
 

 

 

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