小説 川崎サイト

 

搦め手から


「これでお願いします」
「飾り櫛ですね」
「いいですか」
「そのお召し物も」
「え」
「それでは目立ちます。そちらに幕がありますので、お着替えを。野良着を用意しましたので、それに着替えてください。お召し物はそのまま置いていってください」
「はい、よろしくお願いします」
「もう少し集まれば、道案内します」
「はい」
 落城寸前。落ち行く人が城の裏から出てくる。逃げ出すためだ。城の裏側は山。ここからは攻めにくいので、兵は少ない。しかし囲んでいる兵はいる。それを指揮しているのは、攻め手の武将だが、年寄り。実際に守っているのは足軽。駆り出された百姓。
 城主は籠城策をとるが、兵は逃げ出している。重臣達も搦め手から同じような手で逃げている。囲んでいるのだが、金銭を渡すと通れる。
 攻め手と城側とは恨み怨まれる関係ではない。大人しく従えば領地はそのまま。それを拒む理由はない。
 攻め手も相手が憎いわけではない。そのため、一族皆殺しなどは考えていない。
 搦め手を任された武将は、自ら進んで申し出た。実入りが良いのだ。足軽達も搦め手が美味しいことは知っていた。村への土産になる。しかし人数が決まっているし、その武将の配下でないと無理。そのため、こっそり紛れ込んでいる。だから一番手薄な城の裏側の兵が多いが、目立たないように山中に潜んでいる。仕事は多い。協力費をもらうだけではなく、安全な場所や、さらには特定の場所まで護衛する。そのため、前もって山道に詳しい土地の者を連れてきている。
 落ち行く人の敵は敵兵だけではない。今回はその敵兵が味方になってくれている。怖いのは落ち武者狩り。何処の誰だか分からない。
 この城が落ちれば、領主一族は亡びる。自ら決めたことなのだが、頼みの援軍が来ない。これで目論見が外れのだが、城主は最後まで諦めない。しかし家来はとっくに諦め、大半は逃げた。戦いたくないというよりも、兵糧がない。それが一番の理由。援軍が遅すぎる。
 城主一族は投降を拒み続けたので、もう命乞いはできない。
「今からでも遅くはございません」
 重臣の一人が、自分も命が惜しいので、城主に降参を勧めた。
 しかし攻め手の大将にはその決定権はない。投降するには遅すぎた。既に城主一族の皆殺しが決まっていた。
 城主は覚悟したが、一族が根絶やしになるのを何とかしたい。そこで息子達は無理だが、姫なら見逃してくれるかもしれない。側室の子だが、血は繋がっている。
 城主は密かに姫を落とした。幼子を小者に預けた。これは武士ではない。しかし、その小者、年をとりすぎていたので、その息子に任せた。下男以下の身分だ。岩のような大男で、荒くれ者。
 先ほど搦め手から密かに逃げていった落人の中に、この大岩男に背負われた姫も混ざっていた。
 この幼き姫がいずれお家再興を果たすのだが、話が長すぎるので、ここまでとする。
 
   了


2018年7月14日

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