小説 川崎サイト

 

夜のもの


 夜な夜な現れる夜のもの。そういうものと遭遇しないため、夜中出掛ける人は少ない。夜逃げでもするのならその時間帯だが、夜中に用事のある人は極めて少なかった。ただ現代では夜でも働いている人はいる。
 夜のものが出るのは暗いため。明るいよりも暗い方がよく、人通りが絶えた夜中が都合がいい職種。これは夜盗だろうか。しかしこれは職とは言えない。履歴書に書けないし、キャリアも誇れない。
 その夜のものとしての夜盗の源九郎は一人働きで、道行く人からものを盗む取る。強盗だ。人家から少し離れたところで仕事をする。叫ばれても、すぐには助けは来ないだろうし、聞こえにくい。しかし、町から離れすぎると、人も来ない。
 夜中、何用があって歩いているのかは様々だが、遅くまで寄り合いがあり、その帰り道、というのもある。しかし、用心のため、一人では戻らないだろう。
 源九郎はその夜も遠くまで見える道の脇で待機していた。暗いが提灯ぐらいは付けているので、それで分かる。月夜なら意外と明るいのだが、逆に提灯なしでは怪しまれる。
 その提灯が近付いて来た。しかし近付いて来るのは提灯だけ。
 これは本当に夜ものが出たのではと思い、源九郎はやり過ごすことにした。
 しかし近付いて来ると正体が分かった。黒っぽい着物で子供ぐらいの背丈しかない小男。
 紋のない提灯を前に突き出しているのだが黒頭巾。腰の刀はない。
 一か八かやってみようと、源九郎は横から飛び出す。
「夜のものか」
 小男が低い声で聞いてくる。聞かなくも分かりそうなものだが。
 源九郎は懐から匕首を取り出し、鞘のまま相手に突きつける。小男なので、簡単に押し倒せるのだが手荒なまねはしたくない。匕首で脅せば済むのならそちらの方が楽。
 小男は丸腰。武家ではなさそうだが、頭巾が気になる。武家がお忍びで町に出たときなど、そんな感じの頭巾を被っている。口と鼻は隠れているが、そこだけ開く。マスクのようなものだ。
 それが気になったので、源九郎はさっと頭巾をひっぱなした。取られないように小男は抵抗したとき提灯が落ちた。それが燃え出すと同時に頭巾が取れた。
 源九郎は後先見ないで、駆けだしていた。
 頭巾で隠されているはずの鼻と口がなかったのだ。
 源九郎は本物の夜のものを見たと勘違いした。
 小男は鼻と口に布を巻いていた。どうも風邪っぽかったらしい。
 この黒ずくめの小男。明るいところで見ると、小さなお坊さんだった。
 夜中人が亡くなったので、枕経をあげに行くところだったようだ。
 
   了



2018年7月29日

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