小説 川崎サイト

 

猛暑日のモサ


「この暑いのにお出かけですか」
「はい」
「暑いのに、じっとしておればよろしいのに」「日課ですので」
「何の」
「日々の」
「日々」
「はい、毎日やることです」
「それでどこへお出かけなのですか」
「はあ」
「行き先が決まっていないのですか」
「はい」
「じゃ、用がないのなら、この暑いのに外に出る必要はないでしょ」
「日課ですので」
「何の日課ですか」
「ちょっとした」
「散歩ですか」
「はい、そのようなものです」
「ところであなたは」
「私のことを知らないと」
「引っ越して間もないもので」
「あ、そう。私はボランティアです」
「はあ」
「猛暑日は不用不急の外出は控えるべきです」
「急ぎの用ではありませんが、日課なので」
「どこへ行かれるのかは知りませんが、お気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
「この炎天下、不審者さえ出ていません。暑いので、控えているのでしょ」
 老人は炎天下立ち話をしていたためか、少しよろけた。立ち止まっている方が暑いのだ。
「大丈夫ですか。救急車呼びましょうか」
「大丈夫です」
 老人は元気なところを見せるためか、少し早足で立ち去った。
 ボランティアの男は町内を見回るため歩き出したが、どうも尻のありがスカスカする。軽いのだ。
 ズボンの後ろポケットに入れていた長財布が抜かれたことに気付いたのは、家に戻ってから。
 あのとき、よろけた老人はボランティアに軽く抱き付いた。そのとき腰に手を回したのだろう。
 暑いとき、うろうろするものではない。
 あの老人、猛暑日のモサと言われ、猛暑働きを得意としていた。
 
   了



2018年7月30日

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