小説 川崎サイト



優しい心

川崎ゆきお



「気が抜けると駄目だねえ。今までできていたことができない」
 畑中は聞きたくもない老人のボヤキ爆弾を被爆中だった。
 畑中も年をとると、こうなるのかもしれないと思い、優しい心で接することにした。そうでないと苦痛なためだ。
 気持ちを切り替えることで、ボランティアになる。
「張りがあったんだろうな。それが緩むと張り切れない。当たり前のことだわな」
「どんな張りだったのですか」
「張り合いがあったなあ」
「やりがいのようなものですか?」
「それと似ているが、欲だわな」
「欲ですか」
「うむ、その欲が消えてから、ガタンと落ちたわ」
「それは老いなんですか」
「老いても元気な人がおるな。欲がまだあるんじゃな」
「前田さんは、もう欲がないと」
「欲にも種類があってなあ。ここで言う欲とは、意欲の欲じゃ」
「例えば」
「将来、何かになりたいとか、成功したいとかの欲じゃ」
「また、作ればいいじゃないですか」
「いや、もう限界が見えとる。やったとしても大したものにはならん。それをやってもいいがな……」
「やるべきでしょう」
「だから、大した成果は期待できんから、張りきれんのじゃよ」
「では、淡々とやられてはどうですか」
「それでは気持ち良くないじゃろ。熱中せんとな」
「でも、まだお元気そうなので、なによりです」
「君は下手だなあ」
「はあ?」
「年寄りとの接し方がじゃ」
 畑中はむかっとした。愚痴を聞いてやっているだけでも有り難く思うべきだろう。本来なら、感謝すべきことなのだ。
「次、回らないといけませんので、今日はこれで」
「ああ、御苦労さん」
 畑中は集金を終え、老人宅を出た。
 優しい心は、何処かへ行っていた。
 
   了
 
 


          2007年6月6日
 

 

 

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