小説 川崎サイト

 

開きすぎる間


「何分夜分の話なので寝ぼけていたのかもしれませんねえ」
「じゃ、寝ぼけていたのでしょ」
「おそらく」
 それ以上話を聞いてもらえないようななので、田岡は別の人に会ったとき、その話をした。
「何分夜分のことなので」と同じ枕で始めた。「枕が合わなかったのでしょうか、暑いので夏用のさらっとしたものに変えてもらったのです。私は表面がゴザのが欲しかったのですが、嫁に文句を言うわけにもいかず、また言うほどの大事な話でもない。枕の話はここまでで、本題に入ります」
「どうぞ」
「夜分目が覚めました。この枕とやはり関係しているのでしょう。そんなことは最近ありません。いつもなら朝までぐっすりと寝ております。ところが目が覚めてしまった。あまり寝ていないのに、もう朝かと最初思いましたよ。珍しくよく眠れなかったのかとね。しかし、暗い。朝の明るさじゃありません」
「はい」
「曇っているのかとも思いましたが、これは明らかに夜の暗さ。周りも静かです。それで時計を見ますと、まだ夜中。この時計、爺さんの代からの柱時計でして、家宝のようなもの。ゼンマイ仕掛けです。たまに巻くのを忘れて止まっていることがあります。音がします。一時間に一回、ボーンと鳴ります。結構うるさいですよ。十二時なら十二回鳴りますからね。まあ生まれたときからあるので、慣れていますが」
「はい」
「柱時計なので高いところにありまして、踏み台がなければ手が届きません。面倒なのですが、これは私が管理しております。家宝ですからね」
「はい」
「それで時間は確認しました。時計は動いております。起きたついでに水を飲みたくなりました。台所まで行かないと、いけません。私の部屋は二階です。二階には私しかいません。昔は孫がいましたが、引っ越しました。それよりも夜中に急な階段を降りて台所に行くのはいやです。トイレは二階にもあるのです。その手洗いの水じゃだめでしょ。水は冷蔵庫の中に入っています。私専用のコップがありましてね。そこに入ってます。これは朝、飲むとき用なのですがね、今飲みたい。すぐにでも飲みたい。それで下へ行くことにしたのです」
「はい」
「まず私の部屋の襖を開けます。すると次の間に出ます。実は隣の部屋と私の部屋は合体できる仕様でして、本来なら廊下ぐらいあるはずなのですが、ありません。それで隣の間の襖を開けますと、また座敷。あれっ、まだ私の部屋から出ていなかったのかと思い、また開けました。しかし、また座敷。その座敷の襖を開けると、また座敷。振り返りますと半開きの襖がズーと続いているじゃありませんか。次の襖を開けると、やはり同じ結果。これじゃ私の家や敷地を越えてしまいますよ。お隣の山中さんの二階のテラスに届きそうです」
「はい」
「これはただ事じゃない。そうでしょ。おかしいではありませんか、少しおかしい程度のおかしさじゃありません。かなりおかしいというよりも、これは異変でしょ。あり得ないことでしょ」
「はい」
「これは睡眠に失敗したと思い、安全な自分の部屋の寝床へ戻ることにしました。あの家宝の柱時計が私を守ってくれるでしょう」
「はい」
「私は幾間も超え、私の部屋に戻り、怖いので布団を被りました。真夏ですがね、エアコンで涼しいほどなので、それができるのです。あえて涼しい目にしております。その方が布団の温かみが楽しめるからです。そんなことはいい。怖いので、そのまま寝ました」
「はい」
「あなた聞いていますか」
「はい」
「あなた機械ですか」
「いいえ」
 
   了




2018年8月19日

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