小説 川崎サイト

 

青いバナナ


 根本は朝から調子が悪い。何かいつもと違う。そういう日がたまにあるので、気にはしていないのだが、元気のない一日になりそうな気がした。一日ですめばいいのだが、三日程続くこともある。それ以上だと悪いところがあるのだろう。
 続いていた晴れの日が終わり、どんよりと曇った空になっている。低気圧のせいかもしれない。といって気圧計など持っていないので、天気情報を見るしかないのだが、そこまで気にするようなことではない。
 こういう日は何をしても捗らないし、やる気も半減以下まで落ちるので、何もしたくない。体が何もしたがらないことを先に発しているので、それに従うのが正しい。しかし、仕事は根本の都合通りには行かない。そのため、有給休暇というのがある。病欠はイメージが悪いし、使いすぎたくないので、休みを取った方がいい。だが、それなら前日までに言うべきだろう。当日の朝では流れが悪い。
 そういうことも考えたのだが、説明が面倒なので、出勤することにした。盆明けから数日後の話だが、その間十分休んだはず。部屋でゴロゴロしていた。疲れるようなことは何もしていない。だから体が鈍ったのだろうか。それよりも頭が鈍った。ゴールデンウイーク明けと盆明け、そして年明けによくある関門で、その小さい規模のは月曜日。
 根本は結局出社したが、ボーとしていた。当然そんなポーズはとらないし、見た目は分からない。しかしやる気が何も起こらない。
「根本君」
 上司が呼んだ。
 見抜かれたのかもしれない。
「用を頼みたいのだ」
 この上司と直々の仕事などほとんどない。だから緊張した。
「暇なようなので、いいでしょ」
「はい」
 要件はプライベートな話だった。
「これだ」
 上司は果物を詰め合わせたお供え物を出してきた。バナナなどはまだ青い。
「これをねえ、坂田さんのお墓に置いてきてほしいだ。置いてくるだけでいい。何もしなくてもいい」
「はい」
「これが地下鉄の駅から墓地のある寺までの地図で、これが墓地内の地図で、坂田家の墓に印をつけておいた。意外と近いよ、ビル街の寺だから、地図がないと、迷うからね」
「はい」
 根元は坂田という人など知らない。上司の関係者だろうか。この会社にいた人かもしれない。そうでないと、個人的なことで、部下を使わないだろう。
 根本は供え物をビジネスバッグに詰める。鞄が薄いので、少しきつい。
 根元の直接の上司は係長なので、挨拶をして、外へ出た。
 すると、すぐに係長が追いかけてきた。
「坂田さんの墓参りでしょ。しかもお盆が終わってからの」
「はい、そうです」
「君は指名された」
「そうなんですか」
「君、出世するよ」
「そうなんですか」
「うん」
「坂田さんって、誰ですか」
「先々代の会長だよ」
「上過ぎて、分かりませんでした」
「いつもは人には頼まないのだがね、今年は行けないのだろう。だから君に頼んだ」
「はあ」
「大宮課長や、武田課長を知ってるね。二人とも僕の後輩だよ。しかし追い抜かれた。この二人、今の君と同じように墓参りに行ったんだよ」
「はあ」
 根本はそれはただの偶然だと思ったのだが、急に元気が沸いてきた。
 その日の怠い体調も治り、残業までして帰った。
 しかし、墓参りの効果は何もなかったようだ。
 あのとき供えた青いバナナ、すぐには食べられないのかもしれない。
 
   了


2018年8月20日

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