小説 川崎サイト

 

ミノタウルス


 箕田はその業界では小者で、ぱっとしないのだが、長くその業界にいるため、いろいろなことを知っている。
「最近高島さんが凄いですねえ。あれは行きますよ」
「わしもよく知っておる。見込みのある若者だと思っていた。よく気が付く男でねえ」
「箕田さんの弟子だったのですか」
「いや、そうじゃないが、手伝ってくれたことが何度もある」
「大山さんも褒めていました」
「わしは大山さんの手伝いをしたことがある」
「え、あの大山さんの」
「まだ若い頃だがね、いろいろと教えてくれた。結構気さくな人でねえ。面倒見が悪いと言われているが、そうじゃない。随分と面倒を見てもらったよ」
「それは箕田さんに才能があったからでしょ」
「いや、わしは可愛がられるタイプでね。それだけだよ。それに才能云々の話はやめなさい」
「はい」
「岸和田君を知っているね」
「はい、ベテランですねえ」
「あいつは才能の欠片もない。尻の軽いやつで、立ち回りが上手い。それだけで成り上がった男だ。わしは彼と一緒に仕事をしたことがあるがね、あれじゃ素人だよ」
 このあたりから箕田はエンジンが掛かりだし、業界内での話、自慢話や、言わなくてもいいようなゴシップを始める。それで、業界では箕田のことをミノタウロスと呼んでいる。ギリシア神話に出てくる怪物だ。
 ある日、箕田の盟友がそれを忠告した。この業界でのし上がって行こうと誓い合った同郷の男で、年も近い。
「ミノちゃんの気持ちは分かる」
「何が分かるんだ」
「自分だけ取り残されたんだろ」
「それを言うな。辞めていった連中に比べればましじゃないか。まだ現役じゃ」
「でも仕事はしていない」
「余計なことを」
「その年で、まだ一花咲かせようと企んでいるのだろ。一度も咲いたことがないからねえ」
「いやな奴だなあ」
「あまりペラペラと人のことを言うもんじゃない」
「分かってるんだけど、知ってるだけに、つい口を挟んでみたくなる」
「ミノちゃんは僕より苦労している。しかし、ものすごい大物から可愛がられていたんだ。一人や二人じゃない。端で見ていて、そのとき羨ましかったよ。僕らなんて近付けないような人の近くにいたんだから」
「言っちゃいけないことは言ってないつもりだ」
「それはそうだろうが、何か情けない」
「ふん」
「本来なら、ミノちゃんが、その大物になっていたはずなんだからな」
「小物で結構」
「そろそろ潮時だよ」
「分かってるけど」
「その前に僕が先に辞めるけどね」
「そうなの」
「もう僕らの時代じゃないんだ。僕は中途半端な大物でね。だからカリスマ性がない。ここらで幕引きだ」
「そうか、それは淋しくなる」
「先に国へ帰ってるから、早く、ミノちゃんも戻ってこいよ」
「ああ、淋しい話だなあ」
 しかし、箕田は居座り続け、ミノタウルスのように吠えまくった。
 だが、退治される前に国へ帰ったようだ。
 
   了
 


2018年8月22日

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