小説 川崎サイト

 

廃寺巡礼帳


 都から遠く離れた草深い田舎ではないが、草は多い。本来ならこの時期稲の穂が出だす頃だが、その場所に草が生えている。稲も草だが植えたもの。人の手が加わっている。
 田村は草地の畦道を歩いている。稲の代わりにアワやヒエだろうか、それが隅ではなくメインの田を覆っている。
 畦が十字路のようなところに、ちょっと膨らみがある。肥だめ跡などがあるが草で小高く見える。そこを農夫が通りかかった。
「東福寺は何処でしょう」
「それは京の都だろ。五山の一つじゃないか。こんな山里にはないよ」
「はい、分かっています。東福寺跡です」
「長く住んでるけど、そんなの知らないねえ」
「都の東福寺と同じ名前ですが、別のものです」
「別もくそも、そんな寺跡なんてないよ。そこのお寺さんに聞いた方が早いよ」
「そうですねえ。しかしこの辺りだと聞いてのですが」
「聞き間違いだろ」
「そうかもしれません」
 田村は少し山にかかったところにある寺を訪ねた。三重塔があり、下からもよく見える。
 階段を上がっていると、坊さんがいる。
「東福寺」
「はい」
「それはここでは隠語じゃよ」
「寺跡ではないのですか」
「そんな寺はありません」
「ここは」
「ここは西福寺です」
「近いですねえ」
「西があれば東があるというわけじゃありません。最初からそんな寺などありませんので、その跡なんてものはなおさらありません」
「もっともな話です」
「そうでしょ」
「しかし、先ほど隠語だと言われましたが、あれはどういう意味でしょう」
「東方からの福。それより、あなたはどうして東福寺跡を探しに来たのですかな」
「廃寺巡礼趣味でして」
「あ、そう。廃寺巡りですか」
「はい」
「残念ですなあ、そんな寺は最初から存在しないのですから」
「もしかして、この西福寺が東福寺なのではないのですか」
「まさか、ここは村寺ですが、五山を真似るわけにはいきません。知らなかったではすまないでしょ」
「分かりました。この寺の隠れたる呼び名が東福寺」
「面白いお方じゃ。じゃ、ここを東福寺跡だと思えばよろしい」
「そうします」
 田村はこうして廃寺の一つを発見したと廃寺巡礼帳に記した。強引な話だ。
 
   了


2018年8月27日

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