小説 川崎サイト

 

イラストレーターの夏


 夏の陽射しがやわらぎ、焼けるような暑さはもうない。とはいうものの立花はまだまだ暑いと感じている。その証拠に暑いものを食べると汗が出る。その出方は減ったが以前よりもまし。やはり徐々に気温が下がっているのだろう。それが季節というもの。いつまでも夏であり続けられるはずがない。
 そして立花もいつまでも夏休みであり続けられるはずもないので、そろそろ気持ちを入れ替える時期だと自覚する。ただ自覚すれど動きなしで、そう感じているだけの次元。それなら暦を見れば誰にでもできることだろう。
 立花は小学生のように夏休みが終わるのを惜しんだ。それよりも夏休みの宿題のように溜まりに溜まった仕事がある。こういうのだけは夢幻のような淡いものではなく、絶対的な存在感を示している。錯覚や気のせいでは済まない。
 学校の宿題なら叱られれば済むことで、やっていなかった宿題を提出せよとは滅多に言われない。昆虫採集をやろうにも、もう蝉は落ちて蟻の餌となり、消えている。これをやれという先生はいないだろう。
 叱られるだけで済むのなら楽な話。それで毎年宿題はしていなかった。ただ、それが仕事となると別。叱られただけでは済まないし、また叱りもしないだろう。その後仕事がなくなる程度。
「そんなに仕事が溜まっているの。羨ましいなあ」
「皮肉かい」
 立花はイラストレーター仲間の沖田が訪ねてきたので、締め切りの話をする。沖田も溜め込む方だが、ギリギリ間に合わせている。
「僕なんかこの夏、仕事は一つもなかったよう。それに比べると羨ましい」
「そんなことでよく食べていけるねえ」
「来るときは来る。集中してね」
「そうだったね」
「ところで、どうするんだ。手伝ってやろうか」
「いや、画風が違うから無理だ」
「まあ、涼しくなってきたので、一気にやることだな。しかし、羨ましいなあ。忙しいだろ」
「いや、だから休んでいたので、何もしていないから、忙しいも何もない。のんびりしていたよ。まっ暑いので、何もできなかったのが理由かな」
「ちょっと見せてくれないか。やりかけのを」
「そんなのない」
「ないって、資料とかもらっていないの」
「ない」
「何処からの仕事だった。もしよければ、代わりに僕がやるよ」
「画風が違うから」
「いや、横取りするわけじゃないけど、僕が引き受ける」
「しかし」
「スポンサーは何処」
「クライアントね」
「何でもいい。僕が打ち合わせに、改めて行って、そこで引き受けられるようなら、引き受けたい」
「そうなの」
「で、依頼人は何処」
「ここ」
「だから、行くから、何処へ行けばいい」
「もう来てる」
「え」
「もういる」
「ここって」
「依頼人は僕なんだ」
 少し沈黙が続いた。
「つまり、自主的な」
「そうそう」
「じゃ、持ち込みとか投稿のようなものか」
「そうそう」
 
   了


2018年9月2日

小説 川崎サイト