小説 川崎サイト

 

避暑地の別荘


 高原と言うほど原っぱが拡がっているような場所ではないが、標高がそこそこあるためか、昔から別荘地として知られている。冬ではなく、夏の避暑地。
 それらしい別荘が建ち並んでいるのだが、その奥に特別な避暑地がある。そこは一件一件ポツリポツリと建っている。
 避暑地だけあって別荘とは関係のない観光客も来る。ただ夏場だけ。
 そこで土産物などを売っている店があり、その主人は土地の人。農家のある村はもう少し下にあり、主人の竹岡もそこに普段は住んでいる。
 その竹岡、一番上の方にある別荘の管理もしている。そして持ち主が夏場いるときは、手伝いに行く。
「夏はもう行ってしまいますなあ」
 独り言だ。持ち主が帰ったので、後片付けをしているとき。
 竹岡はたまに別荘に寄り、様子を見に来ることもある。しかし、中に入り込むような人間などいないので、その必要はないのだが。
 ただ、そんな侵入者はいないが、人ではないものがいる。
 先ほどの独り言は、実はそれに向かって語っていたのだ。
 この持ち主、真冬にも来ることがある。いつ来るのか予測できないため、たまに掃除をしておく必要がある。
「夏が去れば、あなたのもの」
 竹岡はそう言い残し、別荘をあとにした。
 数年前まで、それはこの近くにある別荘にいた。ここ数年は竹岡が管理するこの別荘にいる。その前は何処にいたのかは知らない。
 こういった奥まったところにある本物の別荘が数軒ある。その何処かにそれはいるようだ。
 持ち主が滞在しているとき、それは息を潜めてじっとしている。それに気付く持ち主はいない。そんなものがいるなど思いもしないため。
 しかし、竹岡には分かる。それは匂いだ。いや、鼻で嗅ぐ匂いとはまた違うものかもしれないが、竹岡にはそれが匂いとして分かるようだ。
 その匂いは子供の頃、村の神社で嗅いだことがある。その後、その匂いはしなくなった。
 あの別荘で、その匂いを嗅いだとき、懐かしいものと再会した気になった。
 きっと村の神社より、それにしてみれば住み心地がいいのだろう。
 
   了

 


2018年9月9日

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