小説 川崎サイト



あらぬもの

川崎ゆきお



 閉店前のスーパーで、二人の男がほぼ毎日顔を合わせていた。知り合いではないが、ほぼ同年配で、ほぼ同じ服装だ。
 倉橋と石田が顔を合わせる売り場は見切り品コーナーだ。捨てなければいけないようなナマモノが閉店前には半額になることがある。
 惣菜コーナーと鮮魚コーナーがポイント地点だ。
 二人が顔を合わせるのは惣菜コーナーで、既に調理されているため、すぐに食べられる。
 倉橋は毎日のように寿司を買っている。巻き鮨の日もあれば、にぎりの盛り合わせの日もある。下手をすると売り切れている場合もある。
 野良犬が餌場で出合うような感じで、二人は出合っていた。過去形なのは、石田の姿が最近見えないためだ。
「あの人、最近見かけないけど」
 倉橋は値段を書き換えに来た店員に聞いてみた。
 店員は誰のことを言っているのか分からないようだ。
「ほら、私と似たような……」
「お客さんと似ているんですか?」
「いつも来てたでしょ」
「すみません。調理担当なので、お客さん見ていないんです。レジで聞いてみたらどうですか」
「そんなはずはないよ。あなたが値段を書き換えるの、二人で後ろから見ていたり、後をついていったりしてたでしょ。寿司の次は揚げ物コーナーとか」
「すみません。見ていなかったです」
「じゃあ、私を知ってます」
「あ、はい。よく見かけますね」
「それそれ、それだよ。それと同じだよ。あの人も私と同じような客で、同じ狙いなんだから」
「お客さんと似ているんでしたね」
「そうだよ。背格好も着ているものも」
「それなら、同じ人かと思ったのかもしれません」
「顔は違うよ。あの人、面長で、私は丸顔だ。それに私は帽子を被ってるしね」
「そうですか」
「それに、二人で一緒の時もあったからね」
「そうなんですか。なんだか気味が悪いですねえ」
「えっ、どういうこと?」
「なんでもありません」
 店員は値段を書き換え終えると調理室へ去った。
 倉橋は「あらぬもの」を見たのかと一瞬凍ったが、すぐに解凍した。あの店員がよく覚えていないだけのことなのだ。
 
   了
 
 



          2007年6月11日
 

 

 

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