小説 川崎サイト

 

気楽人


 予定通りとか、思惑通りとか、期待していた通りとかになると、気持ちがいい。見込んだ先がその通りになるためもあるが、小さなことでもそれはある。むしろこちらの方が上手くいくのだが、得られるものは少ない。しかし、気持ちの上で満足が得られる。
 一歩先を行っていると余裕がある。一歩遅れた状態では焦る。この一歩先、半歩でもいい。少しだけリードしている状態は気持ちがいい。それだけではなく、余裕があるので安定している。まあ、貯金のあるなしとは関係はないが、ゆとりというのは大事。
 その日、少しだけ早く起きたとき、ほんの数分だが、いつもよりも先を行っているように思えた。この場合一体何をしたのかというと、大したことはしていない。少しだけ早く目が覚めただけ。目は誰でも覚める。覚めなくなれば、大変だ。そのあとすぐに起きられるかどうかが問題。いつもより早いとまだ寝ていてもかまわない。どちらを選ぶのか。
 この場合も、それ以上寝てられないときは起きるしかない。それで時間的ゆとりができ、一歩リードしたように感じるかというとそうではない。もう少し寝ていたかったのにと、不満が残る。そして寝不足なのが気になる。
 これは自分で仕掛けたことではないためだ。早く起きたことに対する解釈の違い、受け止め方の違いだろうか。
「余裕ですか」
「そうです。どうすれば持てるのでしょう」
「さあ」
「あなたはいつも余裕綽々で、羨ましい限りです。自信たっぷりだし」
「それはね」
「何か秘訣があるのですね。教えて下さい」
「無理をしないだけ」
「え、それだけですか」
「単純でしょ。無理をしていないので、余裕、余力がある。それだけです」
「つまり基準を下げろと」
「そうですねえ」
「しかし、僕はこれ以上下げられません。精一杯やっても間に合わないのですから」
「じゃ、この会社を辞めて、もっと楽なところへ行くことですよ。私はそうしました」
「しかし、給料が下がりますし」
「さあ、それはどちらを取るかは君次第」
「余裕のある暮らしをしたいため、ここで頑張っているのです」
「余裕は頑張らなくても得られますよ」
「はあ」
「何か不満なようですが」
「はい」
「きっと君が思っているほどの力はないのでしょうねえ。君にとっては高い目に基準を置いた。それが間違いなのかもしれません」
「はい、ギリギリです」
「私はこんなところにいる人間じゃないのですが、ここにいる方が楽。それだけです」
「その境地が分かりません」
「簡単ですよ。楽に生きたいだけのことです」
「そんな気楽な気持ちになれればいいのですが」
「そうですねえ、気楽は頑張っても手に入るものじゃありません」
「はあ」
「そぐわないようですね」
「はい」
「それは仕方がありません。誰にでもできることじゃないのですから。それに君のように将来を夢見て頑張っている人には水を差すような話ですからね」
「はい、差されました」
 
   了
 

 



2018年9月29日

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