小説 川崎サイト

 

エンガチョ


「最近悪いことが続きましてねえ。何かの祟りではないかと思うのですが」
「祟るようなことをされたのですかな」
「ゴキブリ退治」
「害虫駆除ですね」
「人から見るとそうですが、あれが甲虫なら大事にするでしょ」
「じゃ、悪いことが続くのはゴキブリの祟りだと」
「他に思い当たることがありません」
「どんな悪いことですかな」
「大したことはないのですが、不愉快なことが連続してありまして」
「それは大したことではないと」
「そうです。心配する必要もないことなのですが、嫌なことが続くと、テンションが下がります。何か水を差されたように」
「ほう」
「その嫌なことがずっと尾を引いたりします。楽しいことをしているときでも、ふっと思い出したりしましてね。だから興ざめです」
「でも大変なことにはならないと」
「はい、その可能性もありますが、まあ、私が我慢しているのでしょうねえ」
「それでどうして欲しいと」
「ゴキブリの魔除けはありませんか」
「もう祟られたあとなんでしょ」
「今後です。それを切りたい」
「じゃ、エンガチョのマジナイをすればいいのですよ」
「指をハサミのようにして切るやつですか」
「そうです。悪い縁を切る。エンガ、チョキンと切れる。それで済みます」
「そうですねえ」
「しかし、ゴキブリの祟りだけに、あまり大きな祟りじゃないようですなあ。悪いことが続くといっても」
「そうです。虫程度」
「まあ、一寸の虫にも五分の魂と言いますから、一寸分の祟りですな。ちょっと不機嫌になるとか、不愉快な思いをする程度の」
「そうです」
「しかし、その程度でも意外と効くかもしれませんねえ」
「そうなんです。嫌な気持ちになると、普通のことをするときも、影響を受けますから」
「蟻の巣穴から土手が崩れたということもありますからね」
「その可能性もあるのです。もの凄くは心配していませんが、少し不安な気分が」
「はい」
「ゴキブリ封じの、悪縁を切るエンガチョ切り、博士にお願いできないものでしょうか」
「私がですかな」
「お願いします」
 妖怪博士は人差し指と中指を絡ませてハサミのようにして、エンガチョをやった。
 しかし、やっていて照れくさかったようだ。
 
   了

 




2018年10月10日

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