小説 川崎サイト

 

ある行楽


「晴れていますなあ」
「行楽日和ですよ」
「この前もそんなこと、言ってませんでした」
「言ってました」
 しかし、二人とも結局出かけなかった。
「今日は気分もいいし、体力もみなぎってます。今日なら行けそうですよ。あなた変わりはないですか」
「はい、私も不都合はありません。元気です。達者です」
「じゃ、一緒に出掛けませんか。一人じゃ無理でも二人なら出られる。行楽日和、気持ちは出たがっている。これは事実でしょ。気はある。しかしタイミングがない。きっかけ。それを二人で作りましょう」
「いいですねえ。誘われると出やすい」
「そうでしょ。私も誘った限り、出る義務が生じます。これで行けますよ」
「で、何処へ行きます」
「私は何処でもかまわない。いい天気なので、外に出るだけでもいい」
「じゃ、芝垣公園などは」
「近いですよ。よく行ってます。あれじゃ行楽とは言えない。それに近所の人も行かないような公園でしょ」
「バラ園があります」
「もう見飽きましたよ。薔薇ばかり、他の花も植えりゃいいのにねえ。薔薇ばかりじゃ飽きますよ」
「じゃ、何処がいいですか」
「大沢古墳公園などは如何です」
「マニアックなところに来ましたか」
「まだ来ていません」
「何かありますか」
「古墳があります」
「ただの土まんじゅうでしょ」
「まあ、そうですが、その周辺は公園化されていましてね。さらにその近くに弥生遺跡がありまして、レプリカもあります。竪穴住居の。その中に入れますよ」
「屋台は」
「屋台?」
「露店です」
「それは出ていませんが」
「縁日のような賑わいのある場所がいいです。遊びに来たという感じがしますから」
「じゃ、有名どころの観光地ですな。それなら城峰寺はどうですか。あそこは参道が賑やかだ。人も多い」
「坂がきついです。それに階段もきつい」
「困りましたなあ。何処でもいいんじゃないのですか」
「そうです。何処でもいいから出掛けたい」
「その盛り上がりが消えないうちに、電車に乗りましょう。とりあえず駅に出ることです」
「行き先は」
「駅で決めましょう。切符を買うときに」
「そうですな。とりあえず旅立つのが大事」
「そうそう、行きましょう、行きましょう。いい天気なのにこんな薄暗い喫茶店でくすぶっている場合じゃない」
「昼はどうします」
「沿道に食べ物屋が万とありますよ」
「そうでしたね。私、キツネうどんが食べたいのです」
「そんなものいくらでもありますよ。うどん屋や蕎麦屋は結構多い。普通の食堂でもキツネうどん程度なら置いてますよ」
「そうですねえ」
「しかし、もっと高いのを食べましょうや。せめておでん定食」
「そうですねえ。折角ハレの場に出るのだから、オカメそばがいいかも」
「何ですか、そのオカメとは」
「蒲鉾を大きく斜め切りしたのが入っているのです。そういうのを並べて顔になる」
「福笑いのようなものですか」
「そうです」
「それは目出度そうだ。私もそれを食べるかな」
「しかし、置いている店が」
「なければキツネうどんでも鍋焼きうどんでもいいでしょ。今ここで、決めなくても。とりあえず出ましょう。駅へ向かいましょう」
「はいはい」
 二人は無事、駅から行楽地へ向かったのかどうかは分からない。
 
   了




2018年10月12日

小説 川崎サイト