小説 川崎サイト

 

羊羹先生


 羊羹先生。名前を聞いただけでも甘い甘い、甘露甘露の先生だが。本当の名は陽勘。甘さとは全く関係はないが、全てに甘い人なので、いつの間にか羊羹さん、または羊羹先生と呼ばれるようになった。
 考えの甘さ、詰めの甘さ。いろいろと甘い先生だが、人に対しても甘い。こういう優しそうな人ほど自分に対しては辛いのかもしれないが、そうでもなさそうで、自分に対しても甘い。
 そんな甘いことではいけないのではないかと思えるが、弟子達は歓迎している。他の先生を選ばず、羊羹先生を選んだのは甘いからだ。つまり厳しさがないので、楽。それだけのこと。
 あるとき弟子が洒落のつもりで羊羹を手土産に羊羹先生宅を訪れた。結構長く、巻き寿司ほどある。
 羊羹は紙箱に入っており、軽く薄紙で包まれている。本来なら切って爪楊枝か何かで食べるのだが、羊羹先生は薄紙を半分ほどむしり、がぶっといった。
「先生、体に毒ですよ」
「君は毒を土産に盛ってきたのかね」
「違いますが、そんなに一気に食べては」
「好物なのでな」
「お茶がいるでしょ」
「いらない。あとで水を飲む。」
「はい」
「どうだ、君も半分食べるか」
「はい、江戸屋の羊羹なので、おいしいかと思います。いいものです」
「この緑色は抹茶だね」
「はい。見た感じ、ういろうに見えますが硬いです。詰まってます」
 羊羹先生はムルッと薄紙が残っているところから半分に割り、弟子に手渡した。
「頂きます」
「うん、それほど甘くはない。いい羊羹じゃ」
 弟子は針入れから糸を取り出し、それで食べる分だけ切った。
「そんな針道具を常に持ち歩いておるのかね」
「はい、いざというとき、役立ちます。よくほつれるのです」
「駄目じゃ」
「どうかしましたか。もう全部召し上がったのですか」
「眠くなった」
「はい」
「こういう甘い物を食べると眠くなる。横になっていいか」
「はい」
 羊羹先生はそのまま横たわってしまった。
 弟子は、仕方なく帰ることにした。
 洒落のつもりで持ってきた羊羹。羊羹先生は何のためらいもなく、その場で食べてしまった。
 弟子はここから何かを読み取ろうとしたが、何も出てこなかった。
 
   了





2018年10月17日

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