小説 川崎サイト

 

知恵


「知識と知恵とは違うものですね」
「そうですなあ」
「知識ではなく、知恵が必要だと言われたのですが、どうすれば知恵が身につきますか」
「知恵というのは知識のように蓄えたものじゃない。その場ですっと出すことだよ」
「出す」
「そう
「何を」
「だから知恵をだよ」
「はいはい」
「しかし知識が多いと知恵も出しやすいかもしれんが、これもまあ良し悪しじゃな」
「引き出しが多いほどアイデアもよく出るのではないでしょうか」
「引き出しの中には知識がいろいろ詰まっておる。知識と知識を掛け合わせても知識のまま。知恵とはまた違う」
「じゃ、知識がなくても知恵は出ますか」
「出る」
「何処から」
「自然とな」
「自然に湧き出る泉のようにですか」
「さあなあ」
「はっきりしませんねえ」
「知識は過去のこと。既にあったこと。またこれから起ころうとしていることを予測できるかもしれん。天気予報のようにな。既にあることに関しては詳しい。しかし、未知に関しては、どうかな」
「はい」
「今、分かって、頷いたのかね」
「いえ、ただの相槌です」
「知恵は働かすもの」
「知恵を働かすとか言いますねえ」
「知識を働かすとは言わんじゃろ」
「でも知識を使うとは言いますよ」
「今までにあった道具のようなものを使うという意味じゃ」
「では知識がなくても知恵は出るのですね」
「知識のない人などおらんだろ」
「あ、そうですねえ」
「より多くのことを知っておる物知りと比べれば少ないだろうが、知識に引っ張られたりしにくい」
「微妙ですねえ」
「予測できすぎるのじゃろう」
「では知恵は勝手に湧き出るものですか」
「さあなあ」
「頼りないですねえ」
「そうか」
「教養というのはどのポジションになりますか。知識よりは上だと思いますが」
「知識と変わらん。教養を身に付けるとか言うだろ。しかし、知恵は身につかん。そんな知恵を身に付けておると知恵の邪魔。知恵は発動するもの。その違いで教養の上じゃが、比べてはいけない。知識も教養も既成のものとしてある。記憶としてな。しかし知恵にはそれがない。あると知識や教養に縛られる」
「悪知恵を働かすと言うでしょ」
「悪い奴ほど知恵がある」
「はあ」
「私も師匠のような知恵者になりたいのですが、何をどう修行すれば、そうなれるのですか」
「わしは知恵者じゃない。愚者じゃ」
「ああ、愚者では困ります。賢者になりたいと思います」
「まあ、そんなことで知恵を使う必要もなかろう」
「分かりました。知恵とは悪知恵のことなのですね」
「だから悪者になることはなかろう。君は悪者になりたいかね」
「なりたくありません」
「じゃ、知恵がどうのと思わないことだな」
「私の少ない知識からでも分かりますが、悪知恵が働くやつは天性のものです」
「だから、知恵には手を出すでない」
「はい、分かりました」
 
   了





2018年10月30日

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