小説 川崎サイト

 

熱心


 何かに取り憑かれたように熱中している人がいる。それも特殊な分野で。そのため町内には二人といない。市内で一人いるかどうか分からないほど。都道県規模で数人いるかもしれない。十人もいれば多いほど。全国規模でも百人に満たない。世界規模ではそれなりの人数になるが。
 その特殊分野でも、さらにジャンルがあり、同じ分野でも全く違う。そうなってくると、町内で一人はいうまでもなく、国内でも国際的にも一人しかやっていないこともある。ただ、似たよう人もいるのだが、あるピンポイントだけなら一人いるかどうか。いるだけでもましで、誰もそこには手を出していなかったりする。
 やっていることが特殊なため、需要がない。当然供給者も出にくい。
 長い前置きになったが、山田はそういったことをやっていたのだが、ある日、我に返ったのか、覚めたのか、やめてしまった。何かが落ちたのだ。
「やっと戻って来たねえ山田君」
「はい、無事帰還しました」
「一体何を熱心にやっていたのですか」
「それを説明すると、長くなりますので」
「はいはい、何でもよろしい。普通に戻れたのですから」
「そんなに異常でしたか」
「普通の異常さじゃなかったよ」
「気付きませんでした。自分がどんな状態だったのか、ごく自然に普通にやっているつもりでしたから」
「しかし、もの凄く熱心だったよ。あの熱心さは素晴らしい。だが特殊すぎましたねえ。もう山田君にしか分からない価値観の世界に入っていたようなので」
「はい、心配をおかけしました」
「で、どうやって戻って来れたのですか」
「ある人に祓ってもらいました」
「確かに君は憑き物が憑いたように、異様だった。誰かにそれを祓ってもらったのですか。いや、憑き物というのはたとえで、形容です。そんな悪霊とかバケモノが憑依していたわけじゃないでしょ」
「そうなんですが、僕の症状を見て、友人のお爺さんが、一度会ってみてはと言われた人がいるのです。まあ、紹介されたわけです。その友人のお爺さんは信頼できる人ですし、一応言うことを聞いておこうと思いまして、汚い家に行きました」
「汚い家」
「失言です。古い家です」
「そこに住んでいる人に落としてもらったのですか」
「そうです」
「どのようにして」
「お祓いをしてもらいました」
「やはり何か憑いていたのですね」
「そのときは気付きませんでした。僕が熱中していたのは、ただの熱中です。憑き物だとは夢にも思っていませんから、想像だにしていません。しかし、その古い家の人が、チリハライのようなもので祓いだしたのです。それで、ああ、この人は僕に何かが憑依していると思ったので、僕もそうなのかなあと思った瞬間、何かがスーと、抜け落ち始めました。それはお祓いを受ける前でした」
「じゃ、お祓いを受ける直前に落ちたわけですか」
「そうです。決してあの人のお祓いで落ちたわけではなく」
「ほう」
「それで簡単なお祓いを受けているとき、既にもう落ちていますから、あの熱中していたことがスーと遠くへ去っていました」
「その人、名は」
「友人のお爺さんの話によりますと、妖怪博士と呼ばれているとか」
「山田君」
「はい」
「私にも、その汚い家、いや、古い家を教えてくれないか」
「え、先生も取り憑かれていたのですか」
「うん」
 
   了


 
 


2018年11月7日

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