小説 川崎サイト

 

きつね坂


 きつね坂。その名を聞いただけで、もう何があるのか分かりそうなものだが、ついつい欺されてしまう。分かっていても欺される。分かっているのなら欺されないはずだが、欺されてしまうのは、欺されてみたいという気が少しはあるのかもしれない。欺されるとろくなことにはならない。そのため、敢えて欺されようと思う人などいないのだが。
 柴田がきつね坂に差し掛かったのは、用事があるため。まあ道を行くときは何らかの用事があるものだ。その先に友人が引っ越したというので、行くところ。
 きつね坂というのは地図にはない。坂には名が付くが、この坂は名がない。ムジナだ。のっぺらぼう。だからむじな坂と呼んでもよかったのだが、ここはきつねの方が人気が高い。
 坂に名がない。空席で、何も入っていない。何かが入り込んでいるわけではないが、名前がない。こういう坂にきつねやむじなが入り込みやすいのだろうか。そういうのを入れるのは人なのだが、この坂は定番のきつね坂といつの間にか名を入れるようにになった。それを名付けるという。
 柴田もきつね坂の話は聞いている。この近所に住んでいるので、噂話で出てくる。ただ怪異談ではなく、坂の名が出てくる程度。
 さて、怪異が起こりそうな坂だが、柴田は信じるも信じないもなく、ただの坂としてみている。
 そして坂を上りだした。途中で振り返ったのは、急な坂なので下の景色がよく見えること。小高い場所に立ったようなもの。少し足が引きつるのか、一歩一歩が怠くなっていく。その労の結果を見るためにも振り返り、高さの成果を味わっている。
 そして上りきる。何も起こらない。始終人を化かす坂なら賑やかすぎて仕方がないだろう。噂どころか騒ぎになる。
 きつねが非番なのかもしれない。
 そして柴田は教えられた通り道を行くが、友人のマンションが見えてこない。その前に古びた酒屋があるのだが、それも見えない。また廃業した煙草屋があり、その角を左に曲がるのだが、そんな建物は出てこない。さらに進むと、もう行きすぎているのが分かるので、引き返した。
 そのときやっと柴田はきつね坂のことを思い出した。ああ、やられたなあ。と、このとき苦笑いした。
 要するに坂を間違えたのだ。似たような坂が隣りにある。
 そのズレは僅かなものなので、きつね坂をまた下って、少しだけ西へ入ったところにある坂からまた坂道を上るのは遠回りなので、ズレた分移動した。しかし、一旦方角を失うと頭の中の地図と現実が重ならなくなるためか、結構迷いながら、何とか友人が越してきたマンションへ辿り着くことができた。
 似たような二本の坂。どちらがきつね坂と呼ばれているのかは曖昧。
 きっとどちらもきつね坂なのだろう。
 
   了
 


 
 


2018年11月8日

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