小説 川崎サイト

 

自身を欺す


「もっと自分を欺して生きなされ」
「え、それは」
「それは……と思うのは真正面を見ているため」
「始まりましたね」
「何がかね」
「いつも説教が」
「説教ではなく説法じゃ」
「お寺の前に貼ってある教訓のようなものですか。教会にもありますねえ。ああいうのを読むと良いことが書いてありますが、なかなかその通りにはいきません。だから読まないことにしています」
「今日のわしの説法はちと違う」
「まあ、言うだけは誰でもできますし、それにコピーでしょ」
「何というひねくれた。まあ、よろしい。続けます」
「はいどうぞ」
「自分に不正直に生きなさい」
「それ、お寺に貼れませんねえ」
「だから、ちと違う」
「はい、続けて下さい」
「自分を欺すことです」
「詐欺師でも自分は欺せないでしょ。敏感ですから」
「そういう話じゃない」
「はい」
「それといちいち突っ込むでない」
「はい」
「自分を欺く、これじゃな」
「はあ」
「方針がある」
「はい、ありますねえ、特にメインの方針は大事です」
「しかし、方針通り行くかね」
「難しいですし、苦しいです。キツイ坂道を毎日上っているようで。いいときもありますが、プレッシャーを感じます」
「メインがありサブがある」
「はい、ありますねえ」
「メインを偽りサブをやる」
「あ、分かってきました」
「敏感じゃのう」
「言わんとすることが見えました」
「優秀じゃ」
「つまり陽動作戦でしょ」
「御名答」
「メインを偽るわけですね」
「メインはキツイがサブとしてならできる」
「本職よりも副業の方が気楽ですからね」
「メインは看板。見せかけじゃ。人にも見せかけ、自分にも見せかける。できるかな」
「そういえば師匠」
「何じゃ」
「師匠は見せかけでしたか」
「ん」
「師匠の本職は師匠じゃないのでは」
「いや、これが本職じゃ」
「それは陽動作戦で、裏でやっているのが本職では」
「そんなことはない」
「じゃ、上手く自分を欺せているわけですね」
「これは説法で、実際のことを話しているわけではない」
「はあ」
「説法をする者、そして聞く者。それぞれが本気で言い、本気で聞いていなかったりするもの」
「はい」
「実際にはその逆のことが興味深かったりする」
「はい」
「説法でも説話でも法話でも何でもよろしい。人の前で良い話をする。堅い話では聞かぬので、話を噛み砕いたり、柔らかくしたり、面白おかしく話すようになる。涙ものにしてもいいぞ」
「分かりました。落語の始まりでしょ」
「早いのう、先に言うでない」
「これで、今日の説教は終わりですか」
「そうじゃ」
「今まで非常に沢山の話を聞きました」
「持ちネタとして使うがいい」
「はい」
 
   了
 
 

 
 


2018年11月13日

小説 川崎サイト