小説 川崎サイト

 

閉じられた井戸


「寒くなってきましたねえ」
「もう冬ですよ」
「秋から冬は釣瓶落とし」
「最近釣瓶なんて使いませんし、井戸もないですがね」
「あるんです」
「使っていますか」
「使っていません」
「どんな井戸ですか」
「水道がまだ来ていなかった時代の井戸ですよ」
「古井戸じゃなく」
「共同井戸ですがね。四軒か五軒の」
「長屋のような」
「普通の家にも井戸があった時代です。水道時代手前の最後の井戸です」
「その井戸がまだ残っているのですか」
「そうです。かなり数はありますよ。四五軒で共同で使っていたのですがね。そういう井戸が町内にかなりありました。私なんて子供の頃は、水を汲みに行きましたから、釣瓶なんて毎日使ってましたよ。それをバケツに入れ、家の土間にある水桶に入れる。これはもっと昔は土瓶。重くて動かせないほど」
「流石に僕は水道時代ですから。記憶にありません」
「そういう井戸が、うちの町内にはかなりあるんです」
「もう使っていないでしょ」
「しかし、中に水は来てますよ。でも水替えしないと飲めない思いますがね」
「使わないまま放置しているわけですね」
「家を建て替えたり、塀を拵えて仕切ると、もう共同では使えません。よその家へ行けなくなりますからね。誰かの土地にあったのでしょ。だからその人の家の所有になります。四軒で使っていたのなら、その中の一軒のもの」
「家を建て直したりしたとき潰せばいいのに」
「それはお金が掛かりますからね。埋めないといけない。埋めた家もありますがね。家の建て方にもよります。まあ、端の方だとそのままの家が多いです。端のギリギリまで家を建てるとなると、埋めるでしょうが」
「いくつぐらい残ってます」
「さあ十軒か二十軒か数えたことはありませんが」
「かなり多いですねえ」
「使わないから蓋をしてますよ。地面から飛び出していますが、まあ、庭の端にあるので、邪魔にならないのでしょう」
「そんな穴が方々に」
「そうです。残っています」
「井戸といえば貞子でしょ」
「そうですねえ。隠せます」
「しかし、表からでは見えませんが、そんな空間が地下にあるのですね」
「近所のそのタイプの蓋をした井戸ですが、開けているのを見たことがあります」
「使っているのですか」
「だから、飲料水としては使っていませんが、西瓜を冷やしていたようです。まあ、魚を飼うのは無理ですが、生け簀にはなります」
「夏のことですね」
「ついこないだ、それを見たのですが、いつの間にかもう西瓜なんて食べる気がしないほど寒くなりましたよ」
「そうですねえ」
 
   了


 
 

 
 


2018年11月16日

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